第42話 新たな疑問


 先輩の話を聞いて、唯香の警戒は最高潮に達した。


 まず寮の外では絶対に一人で行動しないよう私に求め、どうしても一人で行動

する時には居場所を教えるよう約束させられた。

 更にそれに加えて、寮の窓から外を見ることすら禁じられたのだ。


 束縛の強い恋人並みの警戒ぶりで、行き過ぎのような感がしないでもないが、

その背景には、唯香と「0」の交渉が上手くいかないまま時だけが過ぎていると

いう事情があった。


 振り返れば、思えば先輩と私が話をすると聞いて唯香が強引に同行したのも、「0」との交渉が上手くいっていない焦りがあったからで、それが影響するのは

当然と言えば当然の成り行きだ。

 そしてそれだって元はといえば、愛理と私がX集落を訪れたことに端を発する

訳で……。

 唯香本人が言い出したこととはいえ、ひとり責任を押し付けているような罪悪感

を感じざるをえない。


 ――私は思い切って、交渉の進捗状態を聞いてみた時のことを思い出す。

 その時、唯香はあからさまに表情を曇らせながら説明してくれた。


 唯香によると、私たちが運営するオカルトサイトのお問合せメールフォームに

記載されていた「0」のメールアドレス宛に送った連絡先からは、「Xシュウラクデ

アウ」と返信が来たきり、その後唯香から送ったメールには一切の応答がない――

とのこと。


 そうなると気になるのは「唯香がどんな返事を送ったのか」だ。

 感情が表に出やすい唯香のこと。

 メールの文面にも、それが表れている可能性は多分にある。


 気になって尋ねてみると、唯香はプリプリと怒りながら「X集落に行くのは問題外! だから代替案を複数回送ったんだけど、まるで返事がないから困っているの!」と息巻いていた。


 しかし相手は全く会う余地がないと言っている訳ではない。「会うのであれば

X集落で」と指定している訳だから、一人ではないにしてもX集落で会うこと自体

は了承すれば話は進むように思える。


 もちろん唯香だけに怖い思いはさせない。

 「0」がどんな相手か分からない以上、私も付いていく覚悟は出来ている。


 ――そう告げると、唯香は「問題外だ」とばかりに眉を吊り上げて、

「絶対に、X集落には行かないし、佳奈美も同行するなんてありえない! 

交渉っていうのは、相手の要求全部を受け入れることじゃないんだから、こちら

の要求も加味してもらわないと!」と余計にいきり立ってしまった。


 唯香の主張に一理あるのは認めるけれど、愛理相手の時とは違って、今回は

向こうが一方的にコンタクトを取ることを要求している訳ではない。こちらの

事情でお願いしている立場なわけだから、強気に出るのは得策ではないだろう。

 だが唯香もなかなかの頑固者。

 だからこそ交渉は停滞したまま遅々として進まないのだろう。


 このように唯香が「0」との交渉に行き詰まっている一方で、先日の先輩の話が

私を守るのにプラスに働いてくれた。 


 不審者を目撃した先輩が話を聞かせてくれたその日のうちに、寮と大学側に

「自分が見たこと」を伝えておいてくれたのだ。

 おかげでその数日後には、寮と大学からも注意喚起を行い、警備も強化すること

を約束してくれたとSNSのメッセージを通じて私に教えてくれた。


 所属している機関が味方になってくれるのは、本当に心強い。

 話し合いをしたカフェテリアで垣間見えたとおり、先輩は気配りの上手い人

だったようだ。


 こうして不安と心強さが刻一刻と移り変わり、落ち着かない日々を送っていても、

容赦なく時現実は訪れる。

 X集落や愛理の行方、不審者に関しては相変わらず謎が多く不安は収まらないものの、目前に迫っている初の期末試験の方が比重を増していくようになった。


 単位がかかっているから仕方がないとはいえ、テスト一色になっていく生活の中で、愛理の行方やX集落の話は二の次となっていくと、ふとした折にそれを自覚しては、なんともいえない罪悪感を覚える。

 デジャブのように湧き上がる罪悪感に、テスト勉強中でも私の集中力は何度も中断された。

 だから揺れる気持ちを落ち着かせるため、私は期末テストを無事終えてから考えることに決めて、テスト期間中は割り切って単位の取得に専念することにした。


 ないがしろにしている訳ではない。ただ今はその時期ではない。テストが終わったら、今度はそちらに専念する――一旦そう決めると、心が軽くなり、私はテスト勉強に集中することができた。


 ただ唯香と「0」の交渉の経緯は、新たな疑問を生み出した。


 愛理は「0」と会ったのだろうか?

 会ったとしたら、それはやはりX集落――だったのだろうか?


 スマホに着信があったあの日以来、愛理とは連絡が付かない今、その答えは謎の

まま私の心におりのように留まり続けるのだった。

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