第40話 先輩の話


 Z県の県立図書館から例の本を受け取る日を指折り待つことに決めたものの

それまでの間、時間を無駄にするつもりはない。

 私なりに動いてみることにした。

 もちろん今回は「一人にはならない」という制限付きでの行動だ。


 まずは「図書館で調べ物をしている私の後を付けていたのは何者か?」に

ついて。

 普段生活する構内で起きた出来事なので、特定するのは急務だった。


 とはいえ私自身はその何者かを目撃していない。

 となれば、やることは1つ。

 実際に目撃した人物から話を聞くしかない――私はコンビニで手紙をくれた

女子学生探しから始めることにした。


 お人形のような可愛らしい雰囲気の女の子だったから、初対面の人の顔を

覚えるのが、それほど得意ではない私でも印象に残っている。

 もう一度会えば、必ず思い出せる自信がある。

 私は構内を探すのに加えて、念のため友人たちからも情報を集めた。


 するとゆるふわな雰囲気の女子学生は、やはり学内でも目立っているようで、

会った時の印象を話すと、すぐに寮の友人が特定してくれた。

 彼女のサークルの先輩だというのでお願いすると、早速翌日にも話が聞ける

ようセッティングをしてくれた。


 寮に住んでいると、学内の情報が集まりやすい。

 反対に情報が広まるのも速く、早速この話を聞きつけた唯香が、私の部屋に

やって来た。

 自分も行くと言ってきかないので、明日の先輩と会う際には一緒に連れていく

ことを約束させられてしまった。


 苛々している様子からして、どうやら「0」との交渉が上手くいっていない

ようだ。

 だから唯香を安心させるためにも、私は約束した。


 今日も騒がしい寮の夜。

 でもやっぱり、こうして心配してくれる人がいるというのは心強い。

 私は一人じゃない――そう実感した。


***


 翌日、紹介してくれた友人と唯香を伴って、私は構内に新設されたカフェ

テリアに向かった。


 2年前に新設された学内カフェテリアは、全面ガラス張りでオープンテラス

席まである明るく開放的な空間で、メニューも学食よりは高いものの、栄養と

見栄えを考え抜いたメニューが安価で提供されるようになった。


 オープンテラスの席もあり、お洒落なカフェテリアのような外観なのに、

栄養価の高い料理が低価格で食べられるとあって、学外からもお客さんがやって

くる。


 席も長テーブルの両端に椅子が並ぶオーソドックスな組み合わせだけでなく、

二人がけや四人がけのテーブルもあって、シーンに合わせて使いやすくなるよう

工夫がされている。

 お陰で、今日も学外から来訪したとおぼしき小さな子を連れたお母さんたちが

楽しそうに話をしている。


 現在の時刻は、14時。


 カフェテリアは一番盛況なお昼の時間が過ぎて、まったりと友人たちと談笑する

学生や客を連れた職員、外部からのお客さんがぽつぽつと見られる落ち着いた時間だ。

 その中の四人がけの席に、あの日会った女子学生が座って、こちらに向かって

手を振っていた。


「あ、あそこ、あそこ!」

 

 嬉しそうに手を振り返す友人と一緒に彼女のいる四人がけの席に行くと、先輩は

ふんわりとした笑顔で席を勧めてくれた。

 今日はチェックのワンピースで、サイドの髪を緩くまとめていて、それがとても

よく似合っていた。


「まずは飲み物をオーダーしてから、本題に入りましょうか」


 年上なだけあって、先輩はさらっと私たちをリードしてくれる。

 先輩に促されるまま、私たちは挨拶をすませ席に着くと、それぞれ飲み物を

オーダーして早速本題に入った。 


 改めて友人に紹介された先輩は3年生の薬学部の学生で、あの日コンビニに行く

前には図書館の裏手にある薬用植物園にいたという。


 図書館は正門から見て右手にあり、そのすぐ後ろに広がっているのが薬用植物

園なのだと、先輩を紹介してくれた友人が、すかさず補足する。

 もっぱら薬学部の教職員と学生しか使わないので、他の学部の学生たちは知ら

ないことが多いのだという。

 かくゆう私も今初めて、薬用植物園なるものが大学構内に存在していることを

知った。


「卒業論文のために、実験データを集めていてね。毎日植物園に通ってデータを

取っているの」


 先輩が薬用植物園に設置している実験器具というのが園内の温室にあり、その日

も先輩は器具の数値を確認しに行っていた。

 すると熱心に図書館をのぞき込んでいる人を見かけたので不審に思い、

観察することにしたのだとか。


「えっ、でも相手に気づかれたりしたらと思うと、怖くないですか?」


 思わずそう尋ねた。

 すると先輩は薬用植物園ならではの事情を説明してくれた。


「怖いって気持ちよりも、気になる方が上回っちゃったの。適切な量なら薬になる

植物でも、使い方や量によっては毒になるものもあるの。もし誰かが勝手に植物を採っていって、間違った方法や量で危ない目にあったりしたら大変だから」


 もちろん本当に危険な植物は厳重に管理されているのだが、それ以外の植物でも

用い方によっては危険なものがあるらしい。


 それに温室にはたくさんの植物が植えられているため、外からは人がいることが

分かりにくい位置になるから、外から気づかれることは滅多にない――その時の

先輩はそう思っていたらしい。


「相手から気づかれることはないなら『これはとことん観察してみよう!』って

思ったの!」


 そう言うと先輩は、得意げにふんわりと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る