第39話 伝言


「愛理、愛理なの? 今までどうしていたの? 無事なの?」


 液晶ディスプレイで発信者の名前を確認した私は、興奮のあまり矢継ぎ早に

質問攻めにしてしまう。

 言いたいこと、伝えたいことがありすぎて、もう思った先から質問に代えて

口から飛び出す。


 唯香が意味深な反応をしていたから、もしかしたら……と最悪の事態まで

覚悟していた私は、愛理が生きていて、こうして電話をくれたこと自体、

嬉しくてたまらなかった。


「…………」


 しかし自分から電話をかけてきたというのに、相手は沈黙のまま言葉を

発しない。


 せめて周囲の様子だけでも把握しようと耳をスマホに近づけるが、自然の

息遣いを知らせる騒めきも、人工物が発する音も、何一つ聞こえない。


「……愛理? どうしたの? ……まさかそばに誰かが居て、自由に話すこと

が出来ないの?」


 あまりの反応のなさに、急転直下、私は不吉な予感で胸が一杯になる。


 ……どうして愛理は何も言わないの?

 電話が出来るくらいなんだから、自由に話すことだって……。


 まさか無理やり電話をかけさせられているだけってことは――。

 それなら許せないけれど、納得はできる。


「……」


 やっぱり愛理は何も答えない。


 思い余った私は痛いくらいに耳をスマホに押し付けて、何か少しでも

愛理の居場所の手がかりになるような物音がしないかと、今まで以上に

意識を耳に集中する。


 相変わらずの無音――だったが、それでもしばらく待つと、小さく

しゃくり上げるような声が漏れてきた。

 控えめに、でも確かに聞こえるその音は、余程意識を傾けていなければ

気づかない程の小さくはかないものだった。


 ……もしかして。

 

 その音が気付かせてくれたことを、私は思い切って尋ねた。


「……もしかして、あなた、愛理じゃないの?」


 しゃくり上げている愛理の横に立ち、スマホで私と繋がっている得体の

知れない存在――そんな構図が頭に浮かんでいた。


 すると私のこの思い切った問いに対して、初めて反応があった。


「――生き延びたいなら、唯香の言う通りにして」


 いつもとは違う低く落ち着いた声で、諭すように愛理は言った。

 それでも何がしか感情の琴線に触れることがあるのか、その声の端々は

震えていて、儚さも感じられるものだった。


 でも間違えようがない。確かに愛理だ。


 愛理のスマホを奪い取った他人がなりすまして、かけたものではない。


「そんなことより、愛理は無事なの? 大丈夫? どこかに閉じ込められて

いるとか……」


 ガチャ……ツーツー。


 ようやく声を聞くことができたことで、安堵した私が思いつく限りの言葉を

並べると、電話は一方的に切られた。

 

 もちろんすぐに何度も私からかけ直す。

 しかし日付が変わっても、愛理が出てくれることはなかった。


 ***


 翌日から私は、唯香の言う通りひとりで行動することはやめた。

 もともと唯香の心配が本物だと知ってからはそのつもりではあったのだが、

愛理の電話が決め手になった。


 得体の知れないナニカは、明らかに存在感を増している。


 それに多少は息が詰まるが、図書館の一件以来、構内であっても一人でいる

のはさすがに怖い。

 学校を長期にわたって休むつもりが私にない以上、これは納得の上のことで

文句は一切ない。

 

 こうして私は常に誰かと行動する生活を受け入れ、Z県の県立図書館から例の

本を受け取る日を指折り待つことにした。


 そんなモヤモヤとしたおりを胸に抱きつつ過ぎていく日々は、皮肉にも青々と

した生命いのち溢れる景色に彩られていて、同じ空間でありながら別世界のように遠い。

 いつしか季節は、初夏から夏本番へと移りつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る