第37話 迎え
X集落から寮に帰って以来、初めて身に危険が迫っていると、私はいやがおう
にも実感せざるをえなかった。
手の中の手紙がその確かな証拠だと言わんばかりに、存在感を増す。
今この瞬間もどこか私の知らないところから見知らぬ誰かが狙っていそうで、
落ち着かない気持ちに身を
私は、今立っている足元が急に崩れたような心もとなさを感じていた。
コンビニの入り口に立ち尽くしている傍を、他の学生たちが通り過ぎていく。
彼らが口にする雑談さえも、どこか遠い世界のように感じる。
危険が身に迫っているという実感で、しばらくは茫然自失となってコンビニの
入り口に立ち尽くしていたが、周囲を行き交う学生の声が私を現実に引き戻して
くれた。
夜陰は少しずつ濃度を増している。
今のうちに寮の自室に帰らないと……!
考えるのは、その後で良い。まずは身を守ることが先決だ。
寮にさえ帰れば、エントランスも自室もオートロックだから安全を確保できる。
問題は、寮に帰るまでの帰路、どうやって危険を避けるかだ。
寮までは構内の道を使えば徒歩で10分程で、今いるこの場所からだって目視で
建物を確認できるくらいの短い距離だ。
構内にはまだ人通りもあるから、それほど危険ではないように思えるが……。
明らかに自分を狙っている何者かがいて、それが自意識過剰とかではなくて、
第三者にもわかる形で存在している――そんな現状を鑑みても、本当に大丈夫であると言えるのだろうか?
私は思案した。
選択を間違えれば、私も姿を消すことになるかもしれない。
でも唯香の目を盗んで調べ物をしていた挙句、自分が危険な目に遭いそうだからといって今更助けを求めるなんて、さすがに調子が良すぎるのではないか。
…………。
それでも散々迷った末に、私は唯香に連絡をすることにした。
身の安全を第一に考えた上での結論だ。
虫の良い考えだということは、自覚している。
怒られることを覚悟しながら、鞄からスマホを取り出す。
そういえば図書館で電源を切ってから今に至るまで、スマホを全く確認して
いなかった。大切な通知が来ていたかもしれない。
今更ながら慌ててスマホに電源を入れると、唯香からたくさんの着信記録が
あった。
この分だと、どのみち唯香から怒られるのは避けられないだろう。
覚悟した私は、思い切って唯香に電話をかけた。
ツーツ……ガチャ。
呼び出し音が2コールも終わらないうちに、唯香が出た。
怒られる隙を作らぬよう、すぐに私は図書館で調べ物をしていてスマホの電源を切っていたことや、今さっきコンビニで遭った
今いる場所と迎えに来て欲しい旨を伝える。
我ながら少し卑怯だと思ったが、唯香は私を一言も責めることなく「すぐ行く」とだけ言って電話を切った。
責められなかった安堵感と共に押し寄せる罪悪感が胸に迫り、何者かが狙っている恐怖も相まって、とにかく落ち着かない気持ちのまま唯香を待つ。
すぐそこにある寮までの距離をこんなに遠くに感じることはなかった。
***
唯香は、他に友人二人を連れて迎えに来てくれた。
一人は、愛理の奇行を目撃した友人だ。
私の置かれている状況を唯香がどう二人に説明したのかは分からないが、二人とも嫌な顔ひとつせず、当然のように迎えに来てくれた。
全ての事情を知っている唯香はやはり余裕がないのか、せわしなく周囲を見回すと、私の手を引き、無言で寮への道を急ぐ。
他の二人の友人たちは「ちょっと唯香、顔が怖すぎ!」と茶化しながらも、守る
ように私の両隣を歩いてくれた。
寮までの赤レンガが敷き詰められた道の両側には、ヨーロッパのガス灯を模した
街路灯が等間隔で立ち、道の周囲に植えられた樹木や花を照らして幻想的な風景へと変えていた。
ひとりなら少し怖い道のりも、複数人なら風景を楽しむ余裕さえ生まれる。私は
自分の選択が間違っていなかったと改めて感じた。
唯香以外の友人二人と話をしながらということもあって、寮までの道のりはあっという間だった。
そしてようやく寮に辿り着き、オートロックのエントランスを抜けると、急に唯香が歩みを止めた。
いきなり立ち止まったので、二人の友人も私も何かあったのかと唯香の方を向く。
すると絞り出すような途切れがちな声で「佳奈美が無事で本当に良かった……!」と言うと、目から大粒の涙を流して私に抱き着いてきた。
てっきり叱られるものだとばかり思っていた私は、予想外の出来事に戸惑う。
二人の友人たちは、何か思うところがあったのか、フォローのような言葉を口々にかけてくれた。
「唯香、ずっと佳奈美のこと、心配していたもんね」
「普段から寮生活だから、佳奈美もたまには一人で行動しないと、息が詰まっちゃうって、気持ちも分かるけれどね」
別に喧嘩をしていたつもりはないけれど、「はい、仲直り!」と無理やり唯香と
握手をさせられると、そのまま四人で食堂に行き、夕食後に自室に戻った。
崩れたと思った日常が、少しだけ回復したような気がした。
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