第36話 手紙


 図書館を出ると、既に夜陰が迫っており、そこかしこに照明が灯っていた。

 一日が終わる解放感で活気づく構内を、家へと急ぐ学生の群れをかき分け

ながら進む。


 明日の授業は午後からだし、せっかくだから今日図書館で調べたことを

もとに、夜更かししてネットでも検索してみることにしよう。


 そう思った私は、その足で構内にあるコンビニへと向かった。

 

 今向かっている学食と隣接するコンビニは、本や文房具、生活雑貨も

販売している大きな店舗で、寮に住む私たちはわざわざ構外まで足を

延ばさなくても、日用品ならここでほぼ揃えることが出来てしまう。


 そのお陰で中に入ると、今日もレジの前には列が出来ていた。


 愛理がいた時は、よく一緒にここで夜食を買っては、どちらかの部屋

で夜遅くまでオカルトサイトの記事を書いていたものだ。


 愛理が「やっぱり、これがないとね!」と毎回買っていた眠気覚ましの

ドリンク剤を目にして、ふとそんなことを懐かしく思い出し、急に寂しさ

に襲われた。

 

 X集落から帰ってからも、もちろんコンビニに行く機会は何度もあったが、

いつも気持ちに余裕がなかったから過去を懐かしむ余裕なんてなかった。


 「0」とは一人で連絡を取ると言ってきかない唯香もあれから何も報告が

なく、愛理のいない生活にはまだ慣れないけれど、周囲のおかげで日常に

影響が出るほどの支障はない。

 いやそれ以前に唯香が意地でも私を一人にしないお陰で外で物思いにふける

時間なんてなかった。


 唯香本人は絶対に言わないけれど、こういう気持ちの変化に私が陥るのを

無理やりにでも無くそうとしてくれているのかもしれない。

 そう思うと、唯香の目を盗んでこうして行動していることが少し申し訳ない

ような気持ちになった。


 でも今回の調査が役に立てば、X集落について唯香も知らない情報が得ら

れるかもしれない。事後報告ということで許してもらおう。


 自分の中で勝手にそう折り合いをつけ、私が久しぶりに夜食を物色している

と、肘が誰かにぶつかってしまった。

 ぶつかった拍子に、相手が手にしていた買い物かごが床に落ちる音がする。


「あっ、すみません……」


 慌てて謝ると、相手は茶色のストレートヘアをゆるく内巻きにして、白と黒のチェックのワンピースを身に着けた、見るからに「ゆるふわ系」の可愛らしい

女子学生だった。


「……」


 余程驚いたのか、女子学生は、私の顔を見詰めたまま何も言わない。

 

 そのリアクションから、私の不注意で驚かせてしまって悪かったなと反省し

つつ、私は床に転がっていた買い物かごを拾った。


 だが中を確認すると、何も入っていない。

 もしかしてどこかに転がったかなと近くを探していると、女子学生が

おずおずと口を開いた。


「あの、さっき、図書館の1階の閲覧室の窓際に座っていた人ですよね……?」


 てっきり落とした商品のことを言うかと思ったので、私は面食らった。


「えっ? あ、そうだったかもしれない……けど、覚えてないです」


 適当に空いている席に座ったので、あまり覚えていない。

 だから素直にそう答えた。


「たぶんそうです! そのふわふわした茶髪と黒のガチョウパンツ! 

間違えようがありません!」


 確かに私は茶色にカラーリングした髪にふんわりとしたデジタルパーマを

かけ、今日は黒のガチョウパンツを履いている。

 愛理と心霊スポットに行くことが多かったから、なんとなく動きやすい

ガチョウパンツを気に入って普段から履くようになったのだ。


 ただこの特徴は、女子大生にしては、ごくごくありきたりのファッション

で、そんなに目立つようなものではない。それにいくら思い出そうとしても、

私の脳は図書館で座った席についての正確な情報を導き出すことは出来なかった。


 なので必然的に答えがあやふやなものになってしまう。


「じゃあ、そうなんだと思います……。で、あの、それが……?」


 私が尋ねると、彼女は急にソワソワと周囲を見渡し始めた。


 そして私の背後に目を向けると、一瞬目をみはり、急にぐいっと

身体を近づけてきた。同時にふわっと甘い匂いがする。


「あの、これ……」


 動揺する私の手に、彼女はおもむろに紙を握らせる。


 そして「え……?」と戸惑う私に買い物かごを預けたまま、駆け足で

その場から去っていった。


 なんだったんだろ……。

 不思議に思いながら、その紙を見ると、そこには――。


『突然のお手紙失礼します。図書館にいるときから、あなたのことを

ジッと見ている人がいます。図書館からずっと後をつけています。今も』


 手紙を読み終えると、私は慌てて後ろを見た。


 後ろは雑誌の陳列棚と窓しかない。

 そのすっかり暗闇になった窓の端で、影が動いた気がした。

 

 あくまで気がしただけで、本当に何者かがいたのかは定かではなかったが、

 私はすぐにコンビニを出て、影がいたらしき場所まで急ぐ。


 だがそこには誰かが落としたコンビニのレシートが風に吹かれてかさりと

音を立てているだけで、結局、何者かがいた証拠を見つけることはできなかった。

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