第35話 取り寄せ


 他にはX集落に関係していそうな話はない。

 だがこのX集落周辺にあるという鳥追山とりおいやま地域に伝わる話を

見つけたのは、大きな収穫だ。


 この話だけコラムという形で掲載されていたから、初見では読み飛ばして

しまったのだろう。

 

 さらにコラムは全編通して5つあったのだが、他の4つはZ県の文化や風土を

端的に紹介するもので「話」ではなかった。だから5つ目のコラムも同じような

内容だろうと、無意識に先入観を抱いて読み飛ばしていたらしい。

 

 見直して本当に良かった。


 数分前の自分を自画自賛しながら、半世紀以上も前に出版された本だというのに

日焼けも虫食いもほとんどないページをめくる。

 話の続きには、著者がこの話をあえて「コラム」に載せた理由が書かれていた。


 著者曰く――


 自分は鳥追山地域に昔から住む郷土史家で、この話は口伝で祖父母

から聞かされ、隣近所の友達たちも皆知っているものだったそうだ。


 だが何故か紙に記録して残すことは禁じられており、実際にこの話を記録した

ものは自分が知る限り存在しない。

 

 しかしタブーに触れたとしても、この時代の記録として残しておきたい。

 それが郷土の歴史を伝えていく郷土史家としての務めだと思う


 ――「コラム」は、そんな決意のような文言で締めくくられていた。


 そんな経緯があったため、本に載せる際には本文ではなく「コラム」にして、

どれほどの決意で載せたのか――その決意表明も付け加えることで、この話が

いかに特別なものなのかを強調したかったのだろう。


 その後の文章からも、この話を文字にして世に出すことには、周囲から大きな

反対があったらしきことが推察される。

 

 念のため、もう一度他の2冊を丁寧に読み直すと、この話を大分簡略化したと

おぼしき話が、伝承されている地域を特定することなく紹介されていた。


 ――「隠れ里」をメインに据えた話というより、どちらかと言えば、「約束を

守りなさい」という教訓に重きを置いているようなストーリー展開だ。


 ちなみに2冊の発行された年は、2000年と2017年。このコラムを書いた著者の

決断が、年月を経て当たり障りのない話として広く読み伝えられているようだ。

 そう思うと感慨深い。


 こうした経緯も含め、ますますこの話が気になった私は、他にも何か書かれて

いないかと、この本を改めて最初から読み直すことにした。


 すると「あとがき」の末尾に、こんな気になる言葉が書かれていた。


 『役場のY君も隠れ里には大いに興味があり、一緒にこの隠れ里を中心に、

鳥追山地域の文化と風土を主題とした本を出すことにした。今はその本のために

資料を求めて二人で日夜走り回っている。Y君は神秘的で風光明媚な旅行先として、この鳥追山地域を売り出したいという情熱あふれる青年だ。ゆえに私も微力ながら

Y君に協力する所存である。その甲斐あって、隠れ里に関してかなり面白い事実が

分かった。上梓した暁には、読者諸君に手に取っていただけると幸いである』


 気骨ある著者は、役場に勤める青年と共に「隠れ里」も含む鳥追山地域の文化・

風土をテーマにした本を出すと宣伝している。 


 1950年にこの本が出版されているのだから、問題がなければ、とうに出版され

ているはずだ。


 早速著者のフルネームでインターネットで検索したところ、著者とYという名字の人物によって書かれた「中平國風土記なかだいらこくふどき」という本がヒットした。出版されたのは1952年。おそらくこの本で間違いないだろう。

 

 ただし検索結果によると既に絶版になっているこの本を所蔵しているのは、国会

図書館とZ県の県立図書館の2つだけ。


 そして2つの図書館のうち、貸出までしてくれるのはZ県の県立図書館のみ。

 早速カウンターに行って県立図書館から本を取り寄せる手続きをした。

 

 偶々見つけたこの話が、ヒントになるのかは分からない。


 でも何もしないで手をこまねいているだけよりは、はるかにマシなはず。

 X集落に関する情報の一端でも手に入れば、唯香との交渉材料にもなる。


 私は少しだけスッキリした気分になって、図書館を出た。

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