第三章 橋姫の里

第34話 伝承


 翌日、授業が終わると、私は早速大学の総合図書館に向かった。


 学内の図書館データベースで検索したところ、学部図書館の蔵書の中には

X集落について書かれていそうな本のタイトルは見つけられず、総合図書館

の蔵書にまで範囲を広げて、ようやく3冊ほどX集落のあるZ県の民間伝承や

歴史に関する本を見つけられたのだ。


 ただやっと見つけることが出来た3冊の本も、タイトルからして、いわゆる

Z県の観光課あたりが「推している話を広く知ってもらうこと」に重点を置いて

いる印象を受ける。


 となると存在自体マイナーらしきX集落についての話は……正直あまり期待

できそうにない。だからせめて何か1つで良い。X集落に直接関わるものでさえ

なくて良い。間接的にでもいいからX集落に関わる唯香の知らない情報を手に

入れたい。


 今だって唯香の目を盗んで図書館に来ているのだ。

 手に入れた情報を手に、唯香との交渉の材料にしたい。


 そんな淡い希望を心に秘めつつ、一方で過剰な期待で落ち込まぬよう自制も

する。そんなアンビバレントな気持ちのまま、私は総合図書館のエントランス

に入った。


 白く清潔感のある図書館の建物には、資格試験の勉強に訪れる学生や、併設

されたカフェでゆっくり読書の時間を楽しむ学生などで賑わい、時刻はもう16時

を過ぎようかという時間なのに活気があった。


 あらかじめ予約しておいたので、本をカウンターで受け取り、閲覧席に座る。

 予想を裏切ってくれと願いながら、私はページをめくった。


 これら3つの本には予想通り、県内でもかなりメジャーどころらしき話しか

収められていなかったので、3冊の内容は、その多くが重複していた。

 当然のように、X集落という地名もない。


 空振りだったか……と残念に思いながら、本をパラパラと眺めていると、奇妙な

話を見つけた。X集落周辺の鳥追山とりおいやま地域に伝わる話で、本が

発行されたのは1950年と印刷されていた。


「鳥追山地域一帯には隠れ里伝説があり、そこでは穏やかで満ち足りた生活を

送ることができるとされていました。そこに行くと何でも願いが叶うのですが、

誰もが行けるわけではありません。隠れ里から選ばれた人だけが、行くことが

できる場所であり、幸運にも選ばれた人も隠れ里のことを「外に」漏らすことは

禁じられているのです。


 ある日、隠れ里で願いを叶えてもらった殿様が宴席でそのことを漏らして

しまいました。それを聞いた出入りの商人は、もっと金持ちになりたいという

願いを叶えてもらうため、仲間の商人を連れて隠れ里に向かいます。しかし

二人は里から呼ばれた訳ではないので、すぐに里の者に捕まってしまいます。


 二人を検分した里長さとおさは、二人に里の橋を渡るよう言いました。

『なんだ、そんなことか』とその橋を渡った仲間の商人は、みるみるこの世の

人ではなくなり、それを見た商人は慌てて命からがら逃げかえりました。しかし

逃げ出した商人も宴席で里の話をした殿様も、それから数日のうちに亡くなって

しまったのでした」


 人目を避けて存在する隠れ里は、ごく一部の人だけが知るX集落に、

 里の存在を外に話して死んでしまう商人と殿様は、私と愛理に似ている。


 オカルトめいた筋で、地域が同じだからかもしれないが、X集落と重なる部分

があるような気がする。


 もちろん愛理が聞かせてくれたX集落にまつわる土着信仰の話とは、まるで

内容が異なるし、X集落にも神域に渡る橋があったが、渡ったからといって、

その場で私たちが死に至ることもなかった。


 でも――なんだろう。

 重なるようで、重ならない。

 でも完全に無関係とも思えない、もどかしい感覚。


 胸の奥でざわめく予感に流されるまま、更なる情報を求めて、私は本の

ページをめくった。 

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