第33話 応酬 


「私も行くよ! どういう手はずにするか今から一緒に考えよう!」


 私は『0』とコンタクトを取ることも、実際に会うことも私一人で

やるつもりだった。

 だから唯香を巻き込むのは心苦しいけれど、一緒に来てくれるという

のなら、それは正直心強い。

 X集落について、ようやく前に進んだ気がした。


 しかし唯香の思いは、私とはまるで別のところにあったようで――。


「何を言っているの? メールでコンタクトを取るのは私だし、会いに

行くとしても、それは私がするから! 佳奈美はこの件にはこれ以上

関与しないで!」

 

 思えば最初から唯香は、一貫して私をなんとかX集落から遠ざけようと

していた。


 だからこの反応は予想できないこともなかったが、それでも当事者は

私だ。唯香がX集落に関して何か知っているとしても、本来なら私が何の

非もない唯香にいう科白せりふだろう。


 ここは引くことは出来ない。

 これで唯香まで姿を消してしまったら、それこそ取り返しがつかない。


「一人で行ったら、唯香が危険な目に遭うかもしれないじゃない! 

元々は唯香の警告を無視してX集落に行った私たちのせいだし、愛理

なんて未だに帰ってこないんだよ! 無関係の唯香にまで何かあったら

私……!」

 

 想いに言葉が追い付かない。

 今現在、私と恐怖を共有してくれているのは、唯香ただ一人なのだ。

 その唯香まで、どうにかなってしまったら本当に私はどうしたらいい

のか分からない。


「でも愛理はもう……!」


 私の気持ちの高ぶりが移ったのか、唯香は手にしたコーヒーカップを

ドンと受け皿に置いた。


 残っていた琥珀こはく色の水面が大きく揺れて、少しカップから

こぼれてしまう。

  

「……もう?」


 その勢いに気圧されながらも、最後の言葉だけはどうしても聞き流せ

なかったので私は尋ねた。 


 愛理が「どこでどうしているのか」、それとも「どうなってしまった

のか」を唯香は何か知っている――そうとも受け取れるニュアンスだ。

 

 私の問いに、一瞬「ウッ」と喉に何かが詰まったような顔をした後、

唯香はすぐに元の気丈な表情に戻って言った。


「……とにかく全部私に任せて、佳奈美はただ自分の身を守ることだけを

考えて」


 なんとか冷静になろうとしているのか、無理やり感情を押し殺している

ような声だ。

 強引に話題を変えたところが、何かを胡麻化している証拠のような気すら

してしまう。

 だから私はせめて『0』に関してだけは譲らないことにした。


 「それは出来ない。自分で原因を作っておいて、そんな安全圏にいるような

ことなんてできないって! 私も付いていく! 人が多い場所なら安全だし、

二人で……!」


 私も折れるわけにはいかないから、必死だ。


「絶対にダメ。それなら他の人を連れて行く。それなら安心でしょ? 

とにかく佳奈美は自分の安全だけを考えて。本当なら実家にでも帰って欲しい

ところを、こちらも折れているんだから」


 しかし敵もさるもの。

 唯香も頑固で、一歩も引いてくれない。


 結局どちらも折れないまま話は平行線をたどり、夕食、そして夕食後まで

もつれることとなった挙句、 結局唯香が「もうパスワード変えたから、

佳奈美はログイン出来ないよ。諦めな」の一言で決着が付いてしまった。


「えっ……いつの間に?」


 言われてみれば、唯香は食堂でスマホを取り出し、無言で何やらゴソゴソ

操作していた。


(あの時か――でもアカウントと前のパスワードまで、どうして唯香が……?)


 強引に事を進められた口惜しさと疑問で混乱する私に、唯香は更にダメ押し

する。


「とにかくこの話は終わり。佳奈美は関わらないこと。それじゃあ、お休み!」


 私の部屋の入口まで送ってくれた唯香は一方的に話を締めくくると、そそくさ

と自分の部屋に帰っていった。


 X集落に関して私は唯香に強引に押し切られてばかりになってしまっている。

 なんだか唯香の手のひらで転がされているような気分だ。


 夕食だって、唯香は自室で食べる食事があったのに、私が一人になるのを防ぐ

ためと食堂に付き合ってくれた。

 小さな子どもでもあるまいし、一人で食べられると断ったのだが、唯香は許し

てくれなかったのだ。



 でも私は唯香に言われた通り、ただ自分の身の安全だけを考えるつもりなんて

全くない。

 自分で原因を作っておいて唯香に任せきりで蚊帳の外も嫌だし、それにオカルト

マニアとしてX集落に係る謎も普通に気になる。


 結局、それでも最終的にはいつも私が唯香の言いなりになってしまうのは、やはり唯香が私よりも情報を持っているから。

 だから私は次なる行動として、X集落に関する情報収集に着手することにした。

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