第32話 報告


 時刻は夕飯前の17時。 


 今日一日の用事を済ませた学生たちが、まだ有り余るエネルギーを惜しむか

のように、各々の好きなことに励む一番賑やかな時間でもある。あちこちから

笑い声や音楽が聞こえてくる廊下を私は全力で突っ走る。


 そのままの勢いで休憩室に近い唯香の部屋のドアを叩きつけるかのように

ノックをすると、休憩室で何やら盛り上がっていた学生たちからの怪訝けげんそうな

視線を感じた。


 でも今はそんなことはどうでもいい。

 とにかく私が知ってしまった事実を一刻も早く唯香に伝えたい一心だった。


「はい」


 私の勢いとは対照的に冷静な声で中から返事がすると、すぐに扉が開き、

いつもよりラフな装いの唯香が顔を出した。

 そしてドアの前にいる私を確認すると、キョロキョロと周囲を見回す。


「あれ? 佳奈美ひとり?」


 「そうだけど」と私が肯定して、ドアの前に居るのが私一人である

ことが分かると、唯香はみるみる不機嫌な顔になっていった。


「一人では行動しないでって言ったでしょ? ここに来るって連絡して

くれれば、私から行ったのに!」


 叱りつけるような口調のその声が休憩室まで届いたのか、休憩室の面々が

「唯香!あんまり世話を焼きすぎると、嫌われるよっ!」と冗談めかして

揶揄からかう声が続く。


 その声に頬を赤らめた唯香は「うるさい! そんなんじゃないし!」と

言い返すと、「中に入って」と小声で私に促した。


 唯香が過剰なまでに私を気遣うのは、実は今回が初めてではない。

 数日前から、唯香は私が一人にならないよう、やり過ぎなくらい気を配る

ようになっていた。


 ありがたいことに唯香に限らず、いつも愛理と一緒にいた私が心細い思い

をしないよう、皆が事あるごとに気遣ってくれているのだが、唯香のそれは

過保護と言っても良いくらいの域に達していた。



 もちろん唯香の行動は「X集落」に由来するものなのだろう。


 実際に姿を消した愛理を思えば、ともにX集落を訪れた私も危険な目に遭う

のではないかと心配するのは十分納得できる話だ。

 そう考えると有難いとは思いこそすれ、マイナスな感情は一切浮かばない。


 それでもX集落という秘密を共有する私ですら、ここ最近の唯香の行動

には理解できないところが幾つかあった。


 愛理が失踪した直後には、その行方を血眼になって探していたかと思うと、

数日後には愛理のことなどすっかり忘れたかのように落ち着きを取り戻し、

今度は私のことを過剰なまでに気にかける。

 そうかと思うと、折に触れ、ここ、つまり寮から離れろと釘を刺してくる。


 愛理や私のことを気にかけてくれていることは、確かなんだろうけど――。

 

 探るように唯香の顔を見つめていると、私の視線に気づいているのかいない

のか、唯香は私にダイニングチェアに腰掛けるように促すと、落ち着いた口調

で尋ねた。


「で、そんなに慌てて何があったの?」


 唯香が私の部屋に来てくれたときとは反対に、今度は唯香が私にコーヒーを

淹れたカップを勧めてきた。

 寮の各部屋の家具は備え付けなので、このテーブルと椅子も、私の部屋にある

のと全く同じものだ。


 それでも私の部屋と雰囲気が全然違うように感じるのは、もともと白を基調

とした家具が置かれているところに、たくさんある絵やフロアランプなど家具

以外の私物も色を白と黒に統一しているおかげで、モダンですっきりした印象

になっているからだろう。

 同じ間取りと家具で、私よりも遥かに多くの私物に囲まれているのに、ずっと

スタイリッシュな部屋に見えてしまう。

 

 部屋の内装に見惚れて、ぐるりと部屋を見渡していると、唯香の白いパソコン

が目に入り、私は当初の目的を思い出した。

 

「そうそう! 大ニュースなの! 愛理が姿を消す前に、私たちのサイトの問い

合わせフォーム経由で連絡してきた人がいたの!」


 部屋をノックした時の興奮が再燃した私は、テンションが高い状態のまま、

自室で辿り着いた情報を話した。

 そんな私を物珍しそうに見つめながら、唯香は静かに耳を傾けてくれた。


「だからその『0』とコンタクトを取ることが出来れば、愛理の行方を探す手掛

かりになると思わない?」

 

 私が今、一番伝えたかったはこれだ。

 ドキドキしながら唯香の返事を待つ。


 すると唯香は即座に、そしてきっぱりと答えた。


 「その『0』には、私が会う」

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