第31話 差出人


 差出人は「0」とある。


 問い合わせフォームの差出人欄にはハンドルネーム、もしくは本名を入力して

もらっているのだが、ハンドルネームにしても数字のゼロと1文字だけというのは

珍しい。


 もちろん単に自分のイニシャルから英語のo(オー)と入力しようとして数字と

間違えたとか、ハンドルネームを考えるのも面倒で適当にキーを押したなんて偶発的な理由なのかもしれないが。


 どのみち今までの問い合わせでは、見たことのない差出人名だ。

 そして、文面も差出人欄以上に、なんとも妙なものだった。



『ドウシテイッタ ナゼヒロメル ケイコクハシタ シカアエ』

 

 あえて気味の悪い文体にしようとしているのか、本当にメールを打つのに慣れて

いないだけなのかは分からないが、全部カタカナで句読点が全くない文章は、不気味な雰囲気を醸し出している。

 句読点代わりに使われている空白のおかげで文章の切れ目はわかるが、最後の文章は意味が分からない。


 いずれにせよ、差出人のハンドルネーム「0」は、私にとっては初めて目にする

ものであり、出されたタイミングからして私の興味を引くのに充分だった。 

  

 まあどうせ悪戯いたずらだろうが……と思いつつ、メールの管理画面を確認すると、

このなんとも言えない不気味なメールに対して、なんと愛理は返信をしていた。



 『ごめんなさい。すぐにX集落の記事は取り消します。会えというのであれば、

どこにでも行きます。どこに行けばいいですか? ご連絡ください』


 返信メールの末尾には愛理のSNSのIDが記載されており、送信時間は、唯香との話し合いが終わったすぐ後のことだと分かった。

 これ以降、二人の間にメールのやり取りはない。


「シカアエ」の「アエ」とは「会え」という意味だったようだ。

 少なくとも愛理はそう解釈している。

 

 すると「シカ」の意味は……?

 メールの文面が移るパソコン画面を見ながら、しばらく頭をひねる。


「そうか! シとカを分ければいいんだ!」


「シ」と「カ」を分けると「シ カ 会え」だから「シ」は死、「カ」は

文字通りと考えると……。


『死 カ 会え』


 「死か会え」、つまり「死ぬか自分と会うかどちらかを選べ」という意味

になる。

 この解釈が合っているのであれば、暗号めいた書き方といい、脅迫めいた

内容といい、かなり気味の悪い文章だ。

 

 それなのに愛理はこの不気味なメールに返信をするのみならず、「0」と会う

約束まで取り付けていた。


「……何、これ? どういうこと?」


 この事実に、私は背筋が薄ら寒くなるのを感じた。


 時系列を整理すると、愛理がX集落の記事をサイトにアップロードし、

1時間もしないうちに「0」からこの異様なメールを受け取ったことになる。

 そして翌日の夜に唯香と話し合いをして、その直後に愛理は「0」に返信を

した。


 愛理が休憩室で電気も付けずにぼうっとたたずんでいるところを目撃されたのは、この後のことになる。

 ――その翌日、愛理は姿を消した。



 この事実が意味することは……。

 ひとつの結論に思い至った私は、思わず息を呑む。

 

 そして座っていた椅子から立ち上がると、立ち上げていたパソコンの電源を切る

ことさえもどかしく、そのまま自室の外へと飛び出した。


「わっ、ビックリした」

「佳奈美? どうしたの、そんなに慌てて……」

 

 先を急ぐあまり、勢いあまって私は、偶然部屋の前を歩いていた友人二人と

ぶつかりそうになってしまった。


「あっ、ごめんね。ケガはない?」

「それは大丈夫だけど、それより……」

「……何かあったの?」


 二人はぶつかりそうになったことよりも、いつもと違う私の様子の方が

気になるのか、不安げに私の顔を見つめる。


 その気持ちは有難い。

 でも今は――すぐにでも確認しなければいけないことがある。


 私は二人に怪我がないことを確認すると、「ごめん! 急いでるの!」と

だけ謝って廊下を急ぐ。


 一目散に向かった先は、唯香の部屋だった。 

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