第29話 深夜の違和感

 翌日も、翌々日も愛理は寮にも授業にも姿を現すことはなかった。


 当然私はSNSのメッセージやメールを送ったのだが、こちらも返事

が返ってくることはなく、寮の自室にも帰っている様子はない。


 この間に大学側には何か伝わっているのか、授業で出欠を取る際に

愛理の名前が呼ばれることはなくなり、寮での情報共有としてメーリング

リスト宛に送られる「寮便り」に、退去者として愛理の名前が記載されて

いたが、寮監先生に尋ねても個人情報を理由に詳細は教えてもらえなかった。 


 活発な学生だった愛理が突然姿を消したことで、学生たちの間では

「オカルト好きが高じて霊に憑りつかれた」とか「実は病気を抱えていた」

だとか様々な憶測が飛び交い、真相を究明しようと私に尋ねに来る学生も

多くいた。


 私の方が真相を知りたいくらいだと正直に答え続けていると、そのうちに

皆の興味も薄くなっていき、話題はもうすぐ始まる初めての期末試験へと

移っていった。

 

 次第になくなっていく愛理の痕跡。

 当初は困惑していた周囲も、徐々に日常へと戻っていく。

 そんな中、X集落の件が重しとなり、私は前に進めず、進もうとも思え

なくなっていた。


 言い出しっぺが愛理だとしても、止められる立場にいたのも私一人。

 行かなければ良かった――。

 X集落への訪問を契機に、変わってしまった世界。


 確かに友達はいる。先生たちも優しい。

 でもいつも一緒で、これからも横にいるはずだった愛理だけがいない。


 折につけ、そう思ってはふさぎ込んでいた私だったが、一人の

友人が私の気持ちを切り替えてくれた。

 

 その友人は、私とは違う学科だが同じ寮に住む同じ新入生で、寮内

での歓迎イベントや当番などで交流を深めている子だ。


 普段はノリが良く、明るい子なのだが、その日は違った。

 声を潜めその子が言うには、いなくなる前日の深夜、愛理の様子が

明らかにおかしかったそうだ。


 「夜に自販機でジュースを買いに行ったらさ、休憩室の窓際に人影が

あったんだ。常夜灯で薄暗い中でだよ?で、よく見たら愛理で、ぼうっと

外を見てるの。だからあたし電気を付けて『何してんの?』て聞いたら、

『いた』って言うの。意味が分かんないでしょ? で、『何が?』って

聞いたら、なんか小さな声でブツブツ呟きだして……。それから急に

『ヤバい、ヤバい、ヤバい』て言いながら自分の部屋に戻っていったんだ。

あたし、あんまり怖い話とかって信じないんだけど、その時の愛理はなんか

マジでヤバそうで皆には言えずにいたんだ」

 

 言い終えると彼女はキリッとした顔で、私を正面から見つめた。


「佳奈美は愛理とオカルトサイトやっているくらいだもん、信じてくれる

と思った。それに愛理がいなくなって一番辛そうな顔してるから、手がかり

になるかもしれないってね。詳細は聞かないけれど、愛理がいなくなった

心当たりがあるんじゃないの? 負けんなよ! 霊感とかないけれど、

あたしいつでも協力するつもりだし、佳奈美は一人じゃないんだから!」

 

 これが一番言いたかったのだろう。

 彼女はスッキリした笑顔で、手を振って去っていった。

 思いがけない励ましの言葉に、心の奥が久しぶりにじんわりと温かく

なっていく。


 思えば、いつも誰かが昼食に誘ってくれた。

 授業でも隣に誰かが座って、そのまま休み時間も独りでいることはない。

 そうか――私は一人じゃなかったんだ。

 

 落ち込んでいる場合じゃない。

 彼女は「化け物なんかに負けるなよ!」というつもりだったのかも

しれないが、私は自分にも負けそうになっていた。


 それに私だって唯香に「ここから離れろ」と警告されている。

 愛理の次は、私の番かもしれない。

 自分を救うためにも、どこにいるのか分からない愛理のためにも、

私は前に進まないと。

 

 自分を奮い立たせると、私は愛理を探しだす手がかりを求めて、

本格的に行動を開始することにした。

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