第28話 記事

 何度SNSでメッセージを送っても、愛理から返信が来ることはなく、

既読にすらならない。

 ダメ元でメールをしてもダメ。部屋を訪ねても出てこない。

 友人たちに尋ねても誰一人、愛理の行方を知っている者はいなかった。


 昨夜の謝りながらひたすら泣いている愛理を思い出すと、良くない予感で

胸がザワザワして、何をしていても落ち着かない。

 

 私は愛理のために何ができる? 

 どうしたらいい?

 つらつらと一人で自室で考えていると、ドアを控えめにノックする音がした。


 慌てて返事をして、ドアに向かう。

 いつしか窓の外は暗くなっていた。


「ねえ、愛理がどこに行ったのか知っている?」


 ドアを開くと、切羽詰まった表情の唯香がいて、開口一番に尋ねられた。


 私が今日一日受けた授業の幾つかは、私の学科の1年生必修の授業だったから

唯香も愛理が欠席していることに気づいたのだろう。

 唯香の焦りっぷりが愛理の身に異変が起こった証拠のような気がして、一気に

胸の鼓動が早くなる。

 

「分からない。今日一日、SNSでもメールでも全然連絡が取れないの」


 私がそう答えると、「それならサイトの件を知っているか?」と畳みかける

ように尋ねられた。


 サイト……色々なことがありすぎて忘れかけていたけれど、今回X集落を訪ねる

ことになったのも、もとはといえば愛理と一緒に運営しているオカルトサイトの

閲覧数を上げるため。


 でも正直X集落に行ってからあったことを考えると、もう閉鎖も考えざるを得ないと私は考えていた。


「サイトって、愛理と私が運営しているオカルトサイトのこと?」


 私が尋ねると、唯香は「そう。それ」とだけ答え、後は強い目力で私の返事を

待つ。


「それなら集落から帰ってから、一度も触っていないけど」 


 実際いつもなら心霊スポット巡りを終えたら、翌日には愛理と二人でサイトに

成果を報告するところだが、今回はしていない。


 正直に私が答えると、唯香はひとりその場で考え込んだ。


「それなら、あのサイトでX集落の記事をアップしたのは、やっぱり佳奈美

じゃなかったのか。それで……」

  

 ブツブツと呟きながら思索をめぐらす唯香から、聞き捨てならない言葉が

出てきた。

 さすがに私も黙ってはいられない。

 唯香に室内に入るよう促し、しっかりドアを閉めてから口を開いた。


「ちょっと待って! X集落については他言無用って、集落で会った狐面の

男に言われたんだよ。だから愛理だってそんなことしない……はず……」


 段々語尾が小さくなってしまったのは、愛理なら全くやらないとは言い切れ

ないからだ。

 

 特に今は高額な機材を失った上に、強力なライバルサイトが閲覧数の数字を

メキメキ上げている最中。

 愛理の負けず嫌いの性格上、喉元過ぎればなんとやらで、ちゃっかりX集落

に関する記事をアップしていても不思議ではない。


「少なくとも昨夜の話し合いの前の時点では、X集落についての記事がアップ

されていた。私がこの目で確認したもの」


 昨晩話し合いの席で、この記事について問い質すと、愛理はみるみる顔色が

青くなっていったそうだ。


 その反応から察するに、愛理が私に黙って投稿した記事なのだろうと予想は

していた――と唯香はため息交じりで言った。


「今は……?」


 急いでスマホからサイトにアクセスしようとすると、唯香は「もう消えている」

と投げやりな口調で教えてくれた。


 それでも気になるので、念のため唯香の前で私のスマホから確認しても、

私たちのサイトにそのような新着記事は見当たらなかった。


「まさか、愛理、X集落の記事を載せちゃったから姿を消したってこと……?」


 確かにそれは禁忌であると、狐面の男に何度も念を押された。

 だからって……。


「分からない。でも佳奈美と愛理の話からすると、その線も捨てきれないと

思って気になっていたの」


「寮監先生に……!」


「こんな話、信じてもらえると思う?」


「でも愛理が行方不明になったのは事実なんだし」


「まだ愛理がいなくなって一日も経ってない。だから単に私たちは知らない

他の用事かもしれないし、単純に無断外泊なのかもしれない。今の時点で失踪と

考えるのは早計だと思う。でも佳奈美も気を付けて」


「……うん」



 あの狐面の男の言葉が蘇る。


『二度と来るな。誰かにこの場所のことを伝えてもならない。さあ、早く』


 それに機材を指さして、こんなことも言っていた。


『あれらは、お前たちの命と引き換えだ。すぐにここから去れ』


 私の部屋を去る間際、唯香は念を押すように言った。


「佳奈美も、ここから離れることを真剣に選択肢に入れて。手遅れにならない

うちに」


 脅すというより、少し哀しそうな表情の唯香はそう言い残すと、静かに

扉を閉めて去っていった。


 死。

 その言葉が急に身近に感じて、心臓がどくんと跳ねる。

 心霊スポットに行ったくらいで、まさかそんな訳がない。

 今までだって大丈夫だったし、それは今も、そしてこれからも変わらない

はず。だから無事でいて。愛理。

 

 私はドアを見つめ立ち尽くしたまま、愛理の帰還を心から祈った。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る