第26話 話し合い


「意味深だね。これは面白い展開になってきた!」


 愛理のこの反応に、昨夜からずっと真剣に考えてきた私はちょっと

ムッとする。


「ちょっと喜んでいる場合じゃないよ!」


 茶化す愛理と私はふざけ半分でしばらく言い合いをしていたのだが、

突如現れた鋭い声に止められた。


「愛理、今日こそは話を聞いてもらうよ!」


 いつから居たのか、私たちのベンチの後ろから唯香が現れた。


 いつも以上に気合の入った長い巻き髪に、流行のメイクとファッションで

現れた唯香は、私たちの前に回り込むと仁王立ちになって愛理に宣言した。


「ゆ、唯香、どうしてここに……?」


 驚きのあまり、さすがの愛理も動揺している。

 

「愛理が逃げ回るから、佳奈美の後をつけさせてもらった。観念して」


 焦っているのか、唯香はかなり苛立っている様子だ。

 低く冷静な声の中にも、静かな怒りが感じられる。


「わかった、わかったって。もう……」


 唯香の迫力に気圧された愛理は、今夜夕食の後に唯香の部屋に

行くことを半ば無理やり約束させられた。


「これ以上逃げ回るなら、次の講義を二人で休んででも話を聞いてもらう」

と唯香が脅すので、愛理も渋々ながら承諾した形だ。


 おそらく唯香は、私と同じことを愛理に告げるのだろう。


 そう思いつつも、話し合いがヒートアップした場合に備えて、

念のため私は休憩室で話し合いが終わるまで愛理を待っていること

にした。


 唯香の部屋は休憩室にほど近い部屋なので、休憩室のソファーに

座っていれば、訪問者の出入りが容易に見て取れるからだ。

 それにソファーと丸テーブルが置かれた休憩室には、自販機も設置

されており、部屋まで戻らずとも喉を潤すことだって出来る。


 そして待っている間の時間は、大学で出された課題をやる……という

のが大学生的には模範解答なのだろうが、話し合いが終わるまでは

落ち着かないため、これは集中できないだろうということで却下した。


 代わりに最近ダウンロードしたばかりのスマホゲームをやりながら、

唯香の部屋を見守ることにする。


 ここら辺のことを夕食時に愛理と相談して決めると、私は休憩室に、

愛理は唯香の部屋へと向かった。



 時刻は19時30分。


 唯香の部屋のドアをノックした愛理は、私の方を向いて頷き、私は

それを目の端で確認するとスマホゲームを始めた。



 それから30分ほど経過した頃だろうか。


 唯香の部屋から言い争う声がして、私はスマホをタップする手を

止めた。


 プライバシーを尊重するため寮の個室は防音が行き届いていて内容

までは分からない。

 それでもゲームは一旦中断して、私はしばらく耳を澄ませていた。


 周りにいた別の友人たちも「あの二人やっぱり何かあったの?」と

いぶかしがり、私に尋ねてくる。

 問われた私は曖昧あいまいに言葉を濁すしかなかった。


 それほどに部屋の中から漏れ聞こえてくる音には、不穏なものがあった。

 私自身すぐにでも部屋の扉を開けて二人の様子を確認したいくらいだが、

グッと堪えジリジリとした気持ちで、扉が開くのを待った。


 だがしばらく待っても、二人が部屋から出てくる様子はない。


 言い合う声も次第に無くなり、なんだいつもの喧嘩かと胸をなでおろし、

私はゲームを再開した。


 それから1時間ほど経過した頃だろうか。

 ようやく愛理が唯香の部屋から出てきた。

 

 その顔は真っ青で、中で何があったのか心配になった私はすぐに駆け寄った。


「愛理、大丈夫だった?」


 私の言葉に、愛理はじっと私を見つめたかと思うと、次の瞬間

ポロポロと涙を流し始めた。


「え? 本当にどうしたの?」


 動揺する私に、愛理は泣きながら「ごめん、ごめんなさい……」と

うつむいたままひたすら私に謝ると、無言で自室へと駆け戻って

いった。

 

 意味深で、気になる愛理の行動――私は追いかけたい衝動に駆られたが、

愛理が落ち着くまではそっとしておくことにした。


 明日また改めて聞けばいい。

 その頃には愛理も自分の気持ちを整理していることだろう。

 

 今思えば、楽観的すぎる考えだ。

 私はもっと緊張感をもつべきだった。

 

 翌日、愛理は姿を消してしまったのだから。

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