第25話 秘密の昼食


「ねえ、昨日はやっぱり唯香、マジ切れしてた?」


 必修の授業が終わるなり、そっと教室を抜け出した私は大学裏門にある

ベンチへと急いだ。


 この裏門は学生が使うことはほとんどないので、私は存在すら知らなかった。

 今朝愛理からのメッセージで教えてもらわなければ、もしかしたら知らない

まま卒業していたかもしれない。


 それほどまでに警戒した上で、愛理は私を誘い出したのだ。

 そしてその理由は、やはり唯香のこと。


 昨日からあからさまに唯香を避け続けている愛理は、朝食も夕食も自室でとり、

授業も始まるすれすれに現れ、授業が終わるや否や速攻で教室から出て行った。

 寮内の掃除当番も洗濯もすべて唯香と顔を合わせないタイミングで行うという

徹底ぶりだ。


 私たちが寮を留守にしていた2日間、唯香がずっと私たちのことを気にしていた

ことは寮内では周知の事実になっていたから、愛理の行動は寮内ではちょっとした

話題になっている。

 

「切れているっていうか、心配しているって感じかなあ」


 コンビニで買ったサンドウィッチを頬張りながら、私は昨日の会話を思い出し

ながら言った。


 おそらく唯香は、私と一緒にX集落に行った愛理にも同じ警告をするのだろう

から、遅かれ早かれ昨夜の二人の会話の内容は愛理も知ることになるだろう。

 だから私は、全て隠すことなく愛理に話した。


「え? 何それ? やっぱり唯香は何か知っているのかな?」


「知っているけど、言えないって意味わかんないよね」


 こうしてお互いに手にした昼食を口にしていると、ベンチの上に広がるパラソル

代わりの大木から、若々しい葉の匂いが鼻を掠める。

 美しくも長閑な風景だ。

 ここに不穏な影は一片も存在しない。


「それならさ、しばらく寮を離れて友達とか彼氏の家から大学に通えば?」


 サークルの話でもするかのように、愛理はこともなげに言う。

 もちろん私も、それは考えた。


「いつまでかかるか分からないのに、友達になんて頼れないよ。彼氏は……いない

の知っているでしょ?」


 女子高育ちで、大学も女子学生の多い学部。加えて女子寮に住んでいるのだ。

サークルには入っているけれど、それも寮の延長のようにほとんどのメンバーが

女子だ。この環境の中、入ったばかりの大学で、恋人がいる方が珍しいだろう。


 ちなみにこの愛理の提案と同じことは私も思いついたから、昨日のうちに唯香に

尋ねてみたことでもある。


 だが唯香は「一人暮らしの誰かの家に身を寄せるよりも、たくさんの人数のいる

実家に帰った方がいい。大学も……できれば休んだ方がいい」と答えたのだ。

 

 このことと合わせて、昨日の唯香の言った「縛られる」とか「命取りになる」と

いう言葉が気にならないと言えば嘘になるが、これからも私は寮を離れるつもりはないし、大学を欠席するつもりもない。


 唯香になんらかの理由があったとしても、私にも譲れないものがある。

 そしてそれは唯香だって理解しているはずなのだ。


 ここまで話すと、愛理は急にフッと笑い出した。

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