第23話 打ち明け話

 私たちの寮では学生一人につき、六畳ほどの個室が与えられており、

個室にはトイレと浴室、簡易キッチンも設置されている。

 ほぼマンションで一人暮らししている人の部屋と変わらないだけの

設備が用意されているのだ。


 だから怒った唯香が愛理の部屋の前でいくら呼びかけても、個室に

閉じこもってしまった愛理を無理やり部屋の外に引きずり出すことは

できないし、自炊だって出来てしまうのでご飯の時間に狙いを定めて

待ち伏せすることもできない。


 もちろん明日以降は授業に出席しなければならないので、学科の必修

科目の授業で会うことは出来るのだろうけど、愛理がその気なら今日中に

会うのは難しいだろう。

 

 今も唯香が愛理に呼び掛けているものの、まるで応答がない。 


 こうなると、もう唯香も諦めざるをえない。

 仕方なく唯香はくるりとこちらに向くと、矛先を愛理から私に変えた。


「佳奈美は二人でどこに行ったのか、そしてそこで何があったのか教えて

くれるよね?」


 据わった目をした唯香の迫力に押され、私は口ごもる。


「……それは」


 唯香の警告通りになった訳だから、一言の反論の余地もない。

 私も愛理にならって自分の部屋に逃げてしまえば良かった。

 こうなることは容易に予想はついていたのだから……まあ、今更後悔

しても遅いのだけど。


 だが、私も一方的に唯香に圧倒されていた訳ではない。

 これほどまでに唯香が「X集落には行くな」としつこく警告する理由

――それを知りたい気持ちもあったのだ。


 民家での怪異に、神域にいた謎の男。

 愛理が教えてくれた「X集落にまつわる土着信仰」におそらく関係が

あるのだろうけれど、それだけでは関係性を結び付けられない。

 補完する情報が必要だ。 

  

 うまくいけば、X集落で起こった数々の現象について、唯香のもつ情報

が解き明かしてくれるかもしれない。

 そんな期待を込めて、私は思い切って全部唯香に打ち明けることにした。


 休憩室の後ろにある窓を見れば、だいだいに染まる校舎とグラウンドが臨め、

怪異が出現するには早い時間だと告げている。

 廊下を挟んで個室が並ぶ棟の中心にある休憩室からは、あちこちの個室

から学生たちの話し声や流す音楽が聞こえてきて、今はその全ての存在が

頼もしく思える。


 さすがにこの場所で怪異が起こるとは考えにくいが、どうせ話すので

あれば、まだ他の学生たちが活動している時間にしたい。


 ならば、話すのは今だ。

 夜遅くは皆眠ってしまうし、夕食の時間帯は落ち着かない。


 ただ、この場所は駄目だ。


 休憩室は誰もが出入り自由な場所。

 どこで他の学生に聞かれているか分からず、聞いた学生が寮監の先生に

バラしてしまえば、私も愛理もなんらかの罰を受けてしまうかもしれない。

 いや、それ以上の大事になってしまうかもしれない。


 そこまで考えると、休憩室で話すという選択は消えた。


 それなら今唯香と落ち着いて話すのに最適な場所って……少しの間、

私は頭をひねる。


 予約が必要な場所は間に合わないし、他の人が出入り出来る場所も避けたい。

 相手の事情を考慮しないといけない場所も駄目だ。


 そうなると――荷物を置きがてら自室に唯香を呼び、そこで話す――その時の

私にはこれ以上最適な場所は思いつかなかった。


***


「相変わらず部屋、キレイにしているね」


 予想よりスムーズに話が進んだからだろうか。

 唯香は私の部屋に入るなり、珍しくそんなお世辞めいたことを言ってくれた。


 唯香とは大体誰か他の友人を交えて話すことが多かったので、こうして一対一

で話すのは珍しく、なんだか少し緊張してしまう。


 今日だって白の肩出しトップスに黒のミニスカートという派手目なファッションで、それに比べて私は山歩き出来ることを目的としたごくシンプルな服装。

 同じ学科でなければ、あまり接点のないタイプだと改めて思う。


 とはいえ、唯香が怒っている理由は理解できるし、部屋を褒められたのも素直に

嬉しい。


 私は礼を言うと、唯香にダイニングチェアに座るよう促した。

 そしてキッチンに常備しているインスタントコーヒーを淹れると、ダイニング

テーブルを挟んで座る。


 コーヒーの芳醇な香りに癒されて少し落ち着いたところで、私は覚悟を決めて

全部を話した。


 なるべく感情的にならないよう、努めて淡々と起きたことを話す。


 あれほど忠告を受けていたX集落に行ったことで、初っ端から唯香は食って掛かるものだと覚悟していたが、意外にも大人しく耳を傾けてくれた。


 思うところも多々あるのだろうが、まずは情報収集を優先することにしたのかも

しれない。

 私が話している間、唯香は時折目を見開いたり、考え込むような仕草をしつつも、最初から最後まで私の話の腰を折ることはなかった。

 

 そして私が全部話し終えると、唯香は言った。


「佳奈美、しばらくここを離れて」

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