第二章 浸食

第22話 待ち人


 静かな車内の外は、晴れ渡る午後の空。


 それなのに道の駅での一件が影を落とし、私たちの間に会話は

ほとんど無い。

 

 運転する愛理も、助手席の私も、あらん限りの注意力をもって周囲を

警戒しての怪異の予感に怯える道中――おかげでようやくレンタカーを

返却する店舗に着いた時にはぐったりと疲れてしまった。


 しかしそれでも幸い高速に乗ってからは特に異変もなく、無事レンタカー

会社に車を返却できた。


 なんとか無事故でここまで帰って来れたことに安堵しながらも、やはり

あの道の駅の一件が頭を離れない私たちは、念には念を入れて、出来るだけ

人で賑わう商業施設に寄ってから寮に戻った。


 寮はレンタカー会社の店舗がある繁華街からは離れた、キャンパスの敷地

内にある。

 食事付きで購買部も充実しているのでキャンパス内ですべて事足りるため、

都会の喧騒から離れているのがウリだ。

 そのため休日ともなれば、当然人の行き来が少なくなってしまうので、

今日はまだ陽がある時間帯に帰ることにした。


 運動部の掛け声をBGMに平日よりも閑散とした構内を通って寮に帰ると、

出会う寮生皆が口を揃えて「唯香が心配しているみたいだから早く会いに行って!」と言ってくる。

 

 それだけ唯香は誰が見ても分かるほどにイライラしながら、私たちの帰りを

今や遅しと待っていたのだろう。

 胸の奥で燻っていた罪悪感が、チリリと痛んだ。


 私も愛里も心身ともにかなり疲れていたけれど、予想以上にたくさんの

人たちに心配をかけてしまったようなので、一旦荷物を休憩所のソファに置いて、

唯香に一度会っておくかどうか相談する。


「うっ……面倒だから、わたしはパス! 自分の部屋でやることがあるから。

佳奈美も疲れているんだから、今日は休んだ方がいいよ」


 愛理がげんなりとした様子で、他の学生には聞こえないように小さめの声で

私に言う。私もかなり疲れていたから、唯香と顔を合わせるにしても、正直少し

休憩を入れたかったので同意した。


 意見がまとまったところで、そのまま荷物をもって互いの部屋の方に移動

しようとしていると、私たちが帰ったことを他の学生から聞きつけたのだろう。

 当の唯香本人がやって来た。


「ねえ、土曜日から外泊届出していたらしいけど、どこに行ってたの? また

心霊スポットなの? 泊まり込みで行くなんて、まさかX集落に行ったわけじゃないでしょうね?」


 腕組みをして、畳みかけるように問い詰めてくる唯香に、私たちは返す言葉も

なくタジタジとなる。


 あれだけ唯香に忠告されていたX集落に秘密裡にいった挙句、言われたとおり、

行かなければ良かったと後悔するような恐ろしい体験をしたわけなのだから。


「ちょっと唯香、落ち着いて……」


 なんとか私が宥めようとすると、その態度が逆に燃料を投下してしまったのか、

唯香はますますヒートアップする。


「何度連絡入れてもスルーされるし、一体どうなってんの!」


「ごめん! ちょっと色々あって、スマホ見る余裕なかったんだ」


 X集落での信じられない現象の数々に、今、唯香に言われるまで私はスマホの存在すら忘れていた。


「色々って……やっぱり何かあったんじゃない! だから私があれほど……!」


 唯香の態度を見て宥めるのを放棄したのか、投げやりな調子で愛理が言う。


「ああ、もう。私たち疲れているんだから、明日にしてよ! はいはい、

ちゃんと反省してます! だからもう、いいでしょう?」


 逆切れで無理やり話を打ち切ると、愛理は荷物と共にさっさと自室へ入り、

ドアに鍵をかけてしまった。

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