第19話 説得

「は、はい……!」


 私は素直に頷き、男の警告に従う意思を示した。


 いわくのある場所に現れた、異様な出で立ちの男。

 今ここで逆らうことに、利があるとは思えない。

 

「分かりました! きっ、機材だけ取り戻したら、すぐに帰りますから!」


 私に続いて、すぐに愛理も用事が済んだら警告に従うと約束する。

 正直私は、愛理は持ち前の好奇心で、男の警告に反発しそうだと案じていたので、ホッとした。


 早速「それじゃあ……」と愛理の気が変わらないうちにこの場を去ろうとすると、微動だにせずにこちらを見ていた男が、おもむろに橋の下を指差した。


「下だ」


 男の言葉に、何かを察した愛理は、弾かれるように慌てて橋のたもとにある杭に

手を置き、男が指を差している場所をのぞき込む。


「下? 下って……えっ、ちょっと! 嘘でしょう?」


 突然叫び出した愛理の横から、私も覗き込む。


 男が指差しているのは、どうやら橋の下を流れる川の上流にあたる場所にある

岩場のようだ。そしてそこには周囲の自然とは明らかに異質な人工物が無造作に

置かれていた。


 そのどれもが遠目からも見覚えのあるものばかりで、すぐに私たちが取り戻そう

としていた荷物だと分かった。


「あああ、全部高かったのに!」


 愛理はその場で頭を抱えて、大声で嘆いた。


 岩場に置かれている荷物の中でも、撮影機材は全部バイトをしながら少しずつ

お金を貯めて買いそろえたものばかり。

 だからショックな気持ちは私も同じで、愛理の気持ちは痛いほど分かる。


 だが私はそれ以上に、得体の知れない男の動向の方が気になっていた。

 

 私たちはいずれ村から出て行くのに、あえて姿を現して警告する意味は何なのか。

 昨夜の出来事とこの男は何か関係があるのか。


 男の思惑が分からない以上、警戒するに越したことはない。

 だが愛理は機材のことで頭がいっぱいで、不審な男への恐怖など、どこかへ飛んで行ってしまったようだ。


 一通り機材について嘆いていた愛理の気持ちは怒りへと変わり、対岸の男へと

その矛先が向けられる。


「まさか、あんたがやったの? どうしてくれるの? あれ全部高かったのに!」


 機材について男は何も語っていないのに、今にも橋を渡り詰め寄らんばかりの勢いで、愛理はまくし立てた。


「……」


 そんな愛理の怒り具合を、男は黙って受け止める。狐の面をかぶっている

から、どんな表情なのかはうかがい知れないのがかえって不気味だ。


「佳奈美、川に下りて荷物を回収しよう!」


 反応のない男にしびれを切らしたのか、愛理はとうとう自ら回収すると言い出した。しかし橋の下は切り立った崖で、川へと下りる道はゆっくり探せばあるのかもしれないが、今いる場所からは見当たらない。

   

「あれらは、お前たちの命と引き換えだ。すぐにここから去れ」


 再び聞き分けのない子どもにでも言い聞かせるように、男は警告する。


「二度と来るな。誰かにこの場所のことを伝えてもならない。さあ、早く」 

 

 しかも男の声のトーンは、段々と急かすような色合いを帯びてきた。


「愛理……、諦めよう。ここで揉めたら面倒なことになるかもよ!」


 私も折れようとしない愛理の説得にかかる。


 男が何者なのかは知らないが、このX集落について私たちの知らない情報を

持った上での警告のはず。ここは一旦退しりぞくべきだ。

 その後どうするかは、この集落を離れて安全な場所に移動してから考えれば

よい。


 だがお金が関わると一層意固地になってしまう愛理が、素直に応じるはずも

なく、説得は困難を極めた。


「絶対に嫌! 私一人でも荷物を取り返すから!」


 しばらく私たちの様子を見ていた男が、おもむろに動き出す。


 愛理を説得しながらも、男から片時も目を離さなかった私は、その異変を

見逃さなかった。


「……! ……愛理、逃げるよ!」


 もう説得なんて生易しいことは放棄して、私は強引に愛理の肩を掴み、抱き

かかえるように集落へ向かって押し出した。


 何が起こったのか分からない愛理は、怪訝けげんな顔をして男の方を

振り返る。


「えっ……!」 


 そこで愛理はようやく事態の深刻さを悟り、私と一緒に走り出す。


 

 男の右手には日本刀が握られていた。

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