第17話 荷物の行方


「そう。神域みたい」

「えっ? なんで? だって私たちは……」


 手に取るように愛理の言いたいことはわかる。

私も同じ気持ちだから。


 昨夜のことを思い出すと、今現在通り過ぎる風に髪がふわっと揺れ、外気に

この身体が触れていることが奇跡のように思える。


「本当に、意味がわからないよね……。とりあえず怪我とかは無いみたいだけど」


 私に言われて、慌てて愛理も自分の身体をあちこちチェックする。すぐに確認

できる手足だけでなく、服をまくって外から見えない部分も異常がないか

念入りに調べる。


 隣で見ている限り、幸い愛理の身体にも異常は見受けられないようだった。

 服装も昨夜と全く同じで、破れたり変わったところはない。愛理もそれは同じ

だった。


 だからなぜか神域に移動していたこと、そしてその間の記憶がないこと以外は、

何も異常はないことになる。


「……まあ、なんだか分からないけれど、とりあえず無事ってことだよね。結果

オーライってことにしよう!おいしいエピソードも出来たしね!」


 納得いくまで自分の身体を調べ尽くした愛理は、ふっきれたような笑顔でそう

言うと、すぐに元の調子に戻った。

 楽天的というのか、現実的というのか、ある意味うらやましい性格だ。


「そう……なのかな」


 無事なのは確かにありがたいけれど、あの家で起こったことや、神域までどう

やって移動したのかとか考えると、私はそう素直に割り切れない。

 納得のできる理由が欲しい――というのが本当のところだ。


「そうだよ! 後は機材だけ回収したら帰ろうよ。もう朝なんだから、さすがに

霊も寝ているでしょ!」


 力強く愛理が肯定すると、もう朝だということもあって、私も怖いという気持ち

は薄れてきた。

 昨日はこの神域で強く感じた視線も、今は全く感じないということも、その一因

なのかもしれない。


 すっかり気持ちを切り替えた愛理はスッとその場に立ち上がろうとして、頭を

抱えてしゃがみ込んだ。


「ん……なんだか立ち眩みがする……」

「大丈夫?」

「……あ、これ、もしかして霊障? 霊障だよね?」

 

 勝手に都合の良い解釈をすると、愛理のテンションが一気に高まる。

 そして立ち眩みはどこへやら力強く立ち上がると、「ほら」と私に手を差し

伸べた。


「冷えただけでしょ」


 そう憎まれ口を叩きながらも、私は差し出されたその手を掴んで立ち上がる。

 すると立ち上がった私の肩をポンと叩いて、力強く愛理は言った。


「霊障ってことにしよう! あとは機材にそれらしいものが映っていたら万々

歳だよね!」 

  

 機材……? 

 そうだ。怪我とか命とか、そのあたりばかり心配していたけれど、私の荷物は?


 今更ながら周囲を見渡すが、私の荷物も愛理の荷物も神域には見当たらない。

 神域にある「異物」は、私たちの身体そのものだけだった。


「やっぱり、あの家に忘れてきちゃったのかな……」


 昨夜のことを思い出すと、もう一度足を踏み入れる気持ちにはなれない。

 しかし同じ恐怖を体験したはずの愛理は、そうではないようだ。


「心当たりなんて、そこしかないじゃない!」


 何を当たり前のことをとばかりに断言する愛理は、とっくに行く決心は

ついているようだった。


 確かに持ち込んだ機材は、どれも学生の私たちにとっては高価なものばかり。

中に入っているデータも含めるとその価値はとても捨て置くことができない

ものではあるから、愛理の気持ちも分からなくはない。でも……。


 「やっぱりか……。行きたくないなあ……」

 「もう朝なんだから大丈夫だって!」


 調子のいい言葉で発破をかけると、愛理は渋る私の背中を後ろから両手で

押して、強引に前に進ませる。ただでさえ気が進まない目的地に地面で寝ていた

せいで痛む身体と痛む頭で向かうというのは軽く拷問だ。

 

 それでもあと少しでこのおかしな土地から離れられるのだと思うと、なんとか

歩くことができた。

 朝陽で視界が開けているおかげか、それとも一度行き来したおかげなのか、

山道を覆う落ち葉も最初よりは歩きやすい。


 おかげで思ったよりも早く、例の橋に辿たどり着いた。

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