第14話 歌声


 バンッ。

 

 愛理がドアを開けた瞬間、私はライトの光量を最大にして部屋の中を

照らした。


 強い光に眼がくらみ、ライトを手にしている私でさえ思わず目を

瞑ってしまうほどの激烈な明るさだ。


「…………!」


 打ち合わせも何もなくしたことなので、予想外の光の強さに、愛理も

声にならない悲鳴を上げて腕で目をガードするのを視界の端で確認した。

 私も倣って腕で目を庇いながら、少しずつ目を開けて慣らしていく。

 

 ドアを開けてから一層強くなった線香の香りに少しむせながらも、

戸口から部屋の中を覗き込む。


 人口の光に映し出された室内は、一種独特の雰囲気をまとう神秘的な

佇まいをしている。

 そしてドアを開ける前には話し声だった子どもたちの声は歌へと変わり、

一層不気味さが増していた。

 

 ――この光のどこかに、いる。


 止まない歌の主が今にも視界に入ってしまいそうで、心臓がバクバクする。


 何もいなければ、この際歌声は無視して、一気にこのままもう一方の扉まで

駆け抜けてしまいたい。


 だからどうか、何もいませんように――祈りながら部屋を見回す。 


 しかし二十畳近くありそうな広い部屋の中には、どこをライトで照らしても、

ところどころ破れた畳しかない。


 ライトの角度を変えてみても、畳以外のものは見当たらなかった。

 ――それなのに子どもたちの歌は止まない。


 生活道具が一切いっさい合切がっさい取り払われているので、隠れる場所などないのに。  


「どういうこと……?」

 

  こんな場所でこの世ならざるものを目にしてしまったら、それこそ尋常では

いられないから、何もいなくて良かったことは良かったのだが……。


 耳につく場違いにあどけない声の歌が気持ち悪くて、部屋の中に入ろうという

気持ちには、とてもなれない。

 姿が見えないこと自体、何かの罠のような気がしてしまう。

 

 すると突然「分かった!」と叫んだ愛理は、ずんずんと部屋の中に入っていき、

扉から見て右手奥まで進み、ピタリと動きを止める。


「ちょっと、愛理!」

 

 愛理のまさかの行動に、私はライトを持ったまま愛理の数歩後ろまで駆け寄る。

 本当なら一歩も入りたくなかった部屋だが、さすがに放っておくことはできない。

 

 慌ててライトを構え直すと、愛理を中心にして照らし出す。

 すると愛理の目の前には押し入れがあった。


 後ろを振り返った愛理は「いくよ」と小声で私に告げる。


「やめて、いいよ! もうこの部屋から出ようよ!」


 愛理の意図していることを察知した私は、思わず叫んだ。


 もう部屋の中に入ってしまったのだから、さっさとこの部屋から出るのが正解だ。

 声の主は気になるけれど、こちらに危害を加えてこないのなら放っておけばいい。

 正体なんて興味はない。

 


 しかし愛理は歌声に魅入られてしまったのか、一気に押し入れを開いた。


 「ヒィ……!」


 思わず喉の奥から妙な声が出て、持っていたライトを落としてしまった。



 中には、身体中にお札を貼られた日本人形が2体立っていた。        

 

 「出るよ! もう、この部屋から出よう!」


 急いでライトを拾った私は、無我夢中でもう一方の入り口を目指して走る。

 歌声なんて無視して、初めからこうすれば良かったのだ。


 玄関側のドアの前まで行き、渾身の力でドアノブを回す。


 ……だが、ノブを回し、押しても、引いてもドアが開かない。


「え? なんで?」


 この家に入って来た時には、ちゃんと開け閉めができたのに。


「佳奈美? 佳奈美どうしたの?」


 なかなかドアが開かないので、異変を察して愛理も動揺し始める。


「ドアが……開かない」


 私の絶望的な宣告に、愛理の顔が真っ青になる。


「そ、そんな訳ない! だってドアを開けたのはついさっきだよ。やり方が

悪いんだよ! 貸して!」


「私も何度もやっているのに無理なの!」


「いいから貸して!」



 ――バタン。


  揉めていると、いきなり背後で大きな音がした。


「え?」


「なっ、今度は何?」


 恐怖で頭がおかしくなりそうだったが、勢いのままライトで後ろを照らすと、

反対側の廊下とこの部屋を仕切るドアが閉まっている。この部屋に入るときに開けた

ばかりのドアだ。 


「な、なんで……!」


 急いで再び廊下との境のドアのところまで行くが、こちらの扉もびくともしない。


「閉じ込められた……」


 絶望的な状況に、私は足元から崩れるようにしゃがみこんでしまう。

 愛理も無言のまま立ち尽くしている。


 部屋には、子どもたちの場違いに楽しそうな歌声だけが響いていた。

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