第13話 扉


「あの部屋には絶対に行きたくない。どこか他の部屋から外に出よう!」


 確か外から見て屋敷の両端は朽ちて壊れていたはず。

 そこから外に出れば、不気味な子どもの声がする和室を通らなくて済む。


 もう愛理の返事を待たずに、私は目の前の洋室に駆け込んだ。


 この洋室は屋敷の左端にあたる場所。

 室内を探索していたときには、外気にさらされ植物に浸食されかけて

いる窓際を「廃墟っぽい」と撮影だけしてすぐに出て行ってしまったが、

あれだけ外部の影響を受けているということは、外に通じているということだ。


 希望を胸に窓際へ向かった私は、かざしたライトが映しだす光の輪の中を

目にして、一瞬で無理だと悟った。


 表に面している大きな窓は大きく割れてはいるものの、割れたガラスの破片は

そのままになっており、更に窓のわずか数十センチ外側には二本の杭が立てられ、

その間には有刺鉄線が張られていた。


「そんな……」


 ガラスの破片くらいなら、なんとかなっても、有刺鉄線ゆうしてっせん

なるとそうはいかない。

 この家の持ち主が時折戻ってきて、獣害対策でもしているのだろうか。


 いずれにしろ、外界と繋がっているのは、有刺鉄線のあるこの窓だけ。

 この部屋からは脱出はできない。


 こうしている間も、子どもたちの不気味な歌声が聞こえてくる。

 幸いこちらに近づいて来る様子はないが、いなくなる気配もない。

 このままここでじっと朝まで待つなんて絶対に嫌だ。


 

 「……やっぱり、あの部屋を通るしかないよ」


 諭すような落ち着いた口調でありえない提案をしてくる愛理に、恐怖と混乱で

苛立ちが頂点に達していた私は、怒りすら感じて一蹴した。


 「絶対に嫌! だから私はこの家に入るのは反対だったのに! 今度こそ私の

言うことを聞いてよ!」


 私は怒りのエネルギーを勢いに変えて、くだんの部屋の前を通り過ぎ、反対側にあたる家の右端へと駆け出す。


 しかし半ば予想していたが、ここも左端の洋室と同じく、有刺鉄線で封じられ

ていた。

 

 「……行くしかないよ」


 愕然とする私に、愛理がおずおずと、だが妙に冷静な口調で言う。


 急いで私の後を追ってきたのだろう。

 肩で息を切らしながら、苦笑いしているような表情を浮かべている。


 その表情がまた妙に憎らしく思えたが、それでも実際、それしか選択肢はなく

なってしまった――その事実は認めざるを得ない。


 私たちは覚悟を決めるしかなかった。

       

 ***


 足音を忍ばせて、そろりそろりと件の和室へと近づく。


 腐った木を踏みこんで大きな音が出ないよう細心の注意を払いながら

進む。そしてその間も状況打開のヒントはないかと、あの和室の中の様子を

懸命に思い起こしていた。

 

 確か和室は玄関へと続く小さな廊下との境目と、今しがた私たちが通って

きた廊下との境目にドアがあった。


 印象に残っているのは、両方ともふすまや障子戸ではなく、普通の

室内扉だったことだ。純和風家屋だったから、少し意外で記憶に残っている。

 それ以外には、特に違和感を覚えるようなものはなかった……気がする。

 

(せめて他の部屋だったら、簡単に外に出られたのに!)

 

 心の中で呟いたつもりだったが、無意識のうちに口に出していたらしい。


 先を歩く愛理に「しいっ」とたしなめられてしまった。

 「ハッ」と口をつぐむ。

 目的の和室はもうあと数歩先まで迫っている。


 「……ふふ……だよ」


 内容は分からないが、含み笑いをしながら小声で話す子どもの声がする。


(言い出した責任をとって、私が扉を開ける!)


 私の耳元でそう告げると、愛理はすっと前に出てドアノブを握った。 

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