第12話 声

 先ほどの人影はやっぱり……。

 目の前で倒れている階段を見つめ、今現在私たちは恐怖と対峙しているのだと

思い知らされた。


「二階に上がる手段がないってことは……さっき見た人影って……」


 事ここに至ってようやく愛理も言葉を失った。


「そういうこと……でしょ? エピソード的には十分じゃない?」


 本当は私も愛理に負けないくらい怯えているのを隠して、なんとか話をまとめて

この家から出ようと試みる。


 「階段を探しているときに室内の写真も撮ったし、この家はもういいでしょ……」  

 愛理も、もうさすがに懲りただろう。

 それ以前に私がそろそろギブアップしそうだけれど。



 そう思っていると、愛理が急に声を潜めてささやく。


 「……ねえ、何か聞こえない?」


 「もういいよ! 何も聞こえないから、早くこの家から出ようよ!」


 私はもうほとんど頼み込んでいた。

 これ以上何かあったら、おかしくなりそうだ。


 「やっぱり聞こえる! ……ほら!」


 こちらはなんとか異変を察知しないように努めているのに、本当にやめてほしい。

 私には聞こえないし、聞かない!

 そう強く自分に言い聞かせると、悪夢に呑まれそうな現状を回避すべく、私は全身全霊で頭を働かせた。


 ……こうなったら仕方がない。

 私は愛理を強引に玄関の方角へと背中を押しながら、内心祈るような気持ちで

頼んだ。


「だからもういいって、そういうの! 気のせいだから早くここから……!」

 

 必死の言葉を最後まで言い終わらないうちに、今度ははっきりと私にも聞こえた。

 それは年端のいかない子どもが笑う声と、歌を口ずさむ声だった。


「なに……これ……?」


 昼間に人通りのある場所で聞けば無邪気なそれも、夜の打ち捨てられた集落で聞くと印象は真逆になる。


 あまりの不気味さに、二人ともしばらく口を開くことが出来なかった。

 その間も聞きなれない歌声は続く。

 全身に冷や汗をかいたのは、この時が初めてだった。

  

 長いような短いような時間が過ぎ、ようやく愛理が口を開いた。


 「……たぶん、あっちの、初めにあった大きな和室の方だと思う」


 愛理が言っているのは、玄関から短い廊下を通った先にある大きな和室のこと

だろうと、すぐに私はピンと来た。


 探索して気づいたのだが、この家は少し変わった造りをしていて、屋敷の左端に

ある階段へは廊下を通っていくのだが、廊下と玄関を繋いでいるのはその大きな和室なのだ。その和室を通らなければ、玄関へ続く短い廊下には出られない。


 そして私の記憶が正しければ、その和室は、先ほどまで人影がいた部屋のちょうど真下になる。


  

  絶対に行きたくない――本能的に私は思った。

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