第10話 人影

 夜のX集落はやはり異質の空気を帯びていた。

 一切の明かりがないというのは、やはり人を不安にさせる。


 それでも虫の音や木々の騒めきが、ここは確かに異界ではないと告げている。

 ほどほどの不気味さはあるが特に異変が起こることもなく、ライトの光を強力に

して写真を撮影する分には、他の心霊スポットとほとんど変わらなかった。

 

 しかしまだ気持ちが高ぶっているのか、時折誰かに見られている気がする。


 私はいつでも逃げられるよう周囲に気を配りながら、集落の夜の風景をカメラに

収めていった。


 そんな私とは反対に、何も感じない愛理は軽口を叩きながら、写真に収める場所を次々と選定していく。

 

 とはいえ神域とそこに続く橋以外は、荒れ果てている以外はいたって普通の集落の様子。

 撮影が進むにつれて「ブログの閲覧者の目を引くような写真は撮れそうもない

から、これは神域に行かないと撮れ高がないだろうな」と正直、私は諦めにも似た

感情になっていった。


 すると最後の民家の前に来たときに、突然愛理が叫んだ。

 

「ちょっと、あそこ照らして!」


 その民家は昼間に私が「神域の管理者の家」だと推測した大きな屋敷だった。


 急いでライトで民家の二階部分を照らす。

 すると――私にも見えた。


 二階の破れたカーテン越しに人影が見える。


 見間違いではない。

 今この瞬間も、確認できる。

 

「は、早く写真、とらないと!」


 動顚どうてんしながらスマホを探す愛理。


 「う、うん。私も……あっ!」


 ライトを構えながら、私も慌ててカバンからスマホを取り出そうとしている間に、人影はフッと消えてしまった。


 「……」


 無言で顔を合わせると、愛理は「行ってくる!」と覚悟を決めた表情で言い残すと、スマホを片手に一目散に民家に入っていく。


 「ちょっと待って! 勝手に他人の家の中に入るのはダメだって……!」


 ここ最近知られるようになってきたが、いわゆる心霊スポットと言われている廃墟や廃屋も誰かの所有物であり、勝手に入るのは不法侵入になってしまう。だから今までは、心霊スポットの中でも公共スペースの場所しか行かなかったのだ。

 というか、そもそもこのことを教えてくれたのは、愛理だったわけで……。

 

「もう、愛理! 愛理ってば! 早く戻ってきてよ!」


 もう一度私は、あらん限りの声量で叫ぶ。

 しかし聞こえているのか、いないのか、愛理が戻ってくる気配はない。

 

 困ったなあ……と、愛理を呼び込んでしまった廃墟を私は恨めしく見上げる。


 屋敷は横に長い構造で、昼間に外から見た記憶ではところどころ壊れてはいたが、室内に残置物はそれほどなく、荒れてはいない様子だった。

 

 それでも廃屋になってから時間が経過しているのだから、スマホのライトだけでは危なすぎる。心霊現象や法律とか関係なしに、事故に遭うリスクがある。


「……もう、しょうがないなあ!」


 しばらくその場で考えた末、私も愛理の後を追うことにした。

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