第9話 参拝


「何しているの? 写真を撮るの、手伝ってよ」


 私が社の賽銭箱さいせんばこの前で手を合わせていると、カメラの調整を

しながら愛理が怪訝けげんな顔で尋ねた。


「いや、だって、ここ神域でしょ? 神様に許可とらないと。ほら、愛理も!」


 といっても私だって信仰心が深い訳では全くなく、祟りとかありそうで怖いから

なんだけど。

  

「……私はいいや。だってここ、土着信仰の神様なんでしょ? 余所者がお祈り

したら祟られそうじゃない?」


「う……」


 愛理に反論されて、私は言葉に詰まった。


 というのも廃れた神社で手を合わせると、良からぬ存在に不吉をもたらされることがある――というのは、オカルト界隈かいわいでは一種の常識になっている。


 逆に人が来ないからこそ、来てくれた人に幸運をもたらしてくれるという説も

あったりするが、それは神様がまだ住んでいる神社の話。

 ここの土着信仰の神様はまだいるのかどうか分からないし、祟るような神様なら

愛理の言うように無暗むやみに参拝するのは危険かもしれない。

 

 でも勝手に写真を撮影して金儲けのネタにした挙句、挨拶もなしってのも、それはそれで怒りをかいそうだし。


「……」


 よく考えた末に、やっぱり私は手を合わせることにした。


 目を瞑り頭を下げて、目の前の社に、今日だけ撮影させてもらいたい旨と撮影の

無事を祈る。


 そしてゆっくりと目を開ける――と同時に強い視線を感じた。


 先ほどの橋のところで感じたのと同じ、圧すら感じる得体のしれない視線。


「……! 愛理! 愛理!!」


 大声で愛理を呼ぶと、しゃがみこんで小さな石柱を撮影していた愛理もびくりと

身を震わせる。


「ちょっと、どうしたの?」


「今、また視線が! さっきの橋の時と同じ感じの……! 愛理も感じるで

しょう?」


 私が捲し立てるように訴えると、仕方ないなと愛理も立ち上がり、辺りを探る

ように見回してくれた。


「……別に何も感じないけど」

   

 やはり愛理は異変を感じていない。

 私が神経が過敏になっているのだろうか。


 霊感なんてないし、今までどの心霊スポットでも異変らしいものを感じたことは

なかったのに……。


「車でちょっと驚かせすぎちゃったかな? ゴメン、ゴメン」


 再び感じる視線に怯える私を宥めるように、愛理はそう謝る。


 「よし、じゃあ、一旦車に戻って夜になるのを待とう! で、夜の写真を撮ったら帰ろっか! やぶ蚊すごいし」


 しかし私に気を遣いながらも、愛理に夜の撮影を諦める気はさらさらないようだ。

 閲覧数アップの前には、不気味な視線など大した問題ではないのだろう。

 その辺り愛理はあくまで現実主義的な考えの持ち主なのだ。


「熊とかが出ても怖いし、家や田んぼとかならともかく、夜はもう神域の撮影は

やめようよ!」


 集落へと向かう道すがらも、私は何度もそう訴えたのだが、愛理は「自分一人でも

夜の撮影をする」と言って引くことはなかった。


 この間も不気味な視線は神域から離れると薄まり、橋のところでまた感じた。

 それが視線の主の居所を示している気がして、夜にまた来るなんて無理だと心から思った。



 その時は確かにそう思った。

 思ったのだが――それでも車に戻って、ラジオをBGMに途中の道の駅で買った

食事を口にしていると、自然と恐怖心が薄れてくる。


 今考えれば愛理の策略だったのかもしれないけれど、食事をしながら学校やテレビの話をしていると、私も日常に戻ることができた気分がしてきた。

 しまいには、愛理に「もし怪奇現象だったとしても、視線だけとかショボ過ぎ。せっかくなら、もっとエピソードをくれって話よ」と軽口を叩いても、賛同する

くらいには私もテンションが回復してきた。

 

 そんな調子で集落全体が闇に染まる頃にはすっかり普段の調子を取り戻した私と

愛理は専用の撮影用強力ライトで照らしながら、集落へと再び足を踏み入れたの

だった。

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