第8話 神域


「ご、ごめん……」


 反射的にとってしまった行動に自分でも驚き、私はすぐに謝った。


 予期せぬ私の反応にポカンとしている愛理。

 その表情はいつもとまるで変わらない。

 きっと私は、事前に聞いた情報から神経が過敏になっているのだろう。


 「じゃあ、佳奈美はここに居て。私だけで行ってくる!」

 

 表情と同じく、いつもと変わらないトーンで愛理はそう言い残すと、速足で

ずんずんと先へと進んでいく。

 

 声の調子から怒っている訳ではないようだが……森の奥にあるという「神域」

に足を踏み入れるのも恐ろしいが、ここで謎の視線に晒され続けながら一人待つのも耐えられそうにない。

 

 「も、もう、待ってよ!」


 一人で置いて行かれるのが怖い私は、仕方なく愛理の後をついて行くことにした。


*** 


  落ち葉で覆われ、ほとんど道の意味をなしていない道を、木々の分け目から推測しながら前へと進む。不思議なことに、橋から離れるにつれて得体の知れない視線を感じなくなっていった。


 おかげで私は眼前の道なき道を進むことに集中でき、愛理との間に一瞬生まれた微妙な空気も、すぐに元通りになっていった。


 ざく。ざく。ざく。

 落ち葉を踏みしめ、前へと進む。

 しばらく進むと薄闇を歩くのにも慣れ、時折軽口を叩く余裕も出てきた。


「あれ、階段じゃない?」


 愛理に言われて、緩やかな山道の先を見る。

 そこには、急こう配の坂道に据え付けられた半分落ち葉で埋もれている木製の

丸太階段があった。


「本当だ。階段があるってことは、何か目的があって作ったはずだよね」


 私たちは、注意深く階段を上がっていく。

 するとだしぬけに平地が現れ、そこには小さな古いやしろがあった。


 階段と平地の境には木製のシンプルな鳥居が据えられ、神社のある平地が特別な領域であると主張している。ここが道の終点であることからも、おそらくここが神域なのだろう。

 

 しかし、それにしても……。


 社の正面の格子戸の前には賽銭箱があったが、上には木の葉が降り積もっていて、しばらく人が訪れていないことが伺える。注連縄しめなわもなく、本殿らしき社以外には苔むした小さな石造が2つほどあるだけ。


 それ以外には、特に目を引くものはなかった。


 「ここが、神域……?」


 聖域というからには、神秘的な大樹やいわくありげな石柱なんかがあると思っていた。


 「とすると……」


 愛理の視線の先には、社が。

 まさか――。


 「愛理、さすがに社の中はダメだよ! マジでヤバいって!」


 木造の社は簡単な金属のカギで閉じられているが、扉自体を壊せば中は開けられるだろう。しかし聖域でそこまでのことをして、タダで済むとは思えない。


 それに祟りとか神様とかはこの際考えないとしても、さすがにこの土地の文化を守ってきた人たちを 冒涜することになってしまうのではないだろうか。そのことが知れたらサイトは炎上必至だ。


 そう説得すると、愛理は「確かに、炎上しちゃったら、信用問題に関わるしね」と意外にもすんなりと納得してくれた。


「そうそう! サクッと用件を済ませちゃおう!」


 ホッと安堵した私は、愛理の気が変わらないよう畳みかけるように話を進める。

 取り急ぎ神域内の鳥居や社の外観、お地蔵様なのか摂社せっしゃ末社まっしゃの類なのかも分からない石像の撮影をした私たちは、日中の撮影を終えることにした。

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