第7話 視線

 森の奥へと続く道と同様、橋にも落ち葉が降り積もっていて結構危ない。

 橋は木製で、手すりもくいにロープを渡しただけの簡易的なもの。

 下に見える川からの高さもかなりあるし、心霊とか無関係に夜は危険だ。


 せめて少しでもリスクを減らそうと、愛理と合流すると、二人で橋の上に積もった

木の葉を靴で払い、注意深く足を進める。


 「うわっ! 結構滑るね!」


 愛理が言うように、湿気で濡れた木の葉で橋は滑りやすくなっている。手すり代わりのロープを掴むと時折杭がきしむ。


 不穏な音がするので、あまり力をかけないように気を配る。細心の注意を払いながらゆっくりと前に進んでいると、私は違和感を覚えた。


 「……?」


 どこから視線を感じる……ような気がしたのだ。


 「……ねえ、なんか誰かに見られている気がしない?」


  竹藪に囲まれた薄暗い道に視線。

  ……早くも不気味な気配がする。


 「別に。気にしすぎじゃないの? 動物とかだよ、きっと! それより足元! 

こんな場所で川に落ちたらマジで死ぬかもしれないんだよ!」


 橋を渡りきることで頭がいっぱいな愛理は、それ以外のことは頭から抜け落ちているみたいだ。

 実際に心霊スポットで一番怖いのは、生きている変質者に遭遇したり、朽ちた建物が倒壊して危険な目に遭うことだったりするから、愛理のような現実的な思考は必要なものではあるんだけど。 

 

 「動物だって、熊とか猪だったら危ないじゃない……!」 


 一言そう反論したものの、愛理の主張も一理ある。

 その後は口を噤み、私も橋を渡りきることに専念した。



 短い橋なので、ゆっくり進んでも、それほど時間がかかることなく対岸に着いた。

 安心してホッと息を吐き、改めて周囲を見渡す。


 青々と茂る木々に、橋のはるか下から聞こえる川のせせらぎ。

 思い出したように聞こえる小鳥のさえずり。

 人の気配はどこにもない。

 

 それなのに、やはり強い視線を感じる。

 同時にレンタカーで愛理から聞いた曰くが脳裏によみがえった。

 

『お金に困った神域の管理者が門外不出のモノを外部に持ち出したことで、神の呪いを受けて橋のたもとで家族を道ずれに心中してしまって――』


 心中の現場って、今いるこの場所のこと……だよね?

 だとしたらこの視線って――。


 「ねえ、ちょっとここやっぱりヤバいんじゃ……」


 辺りを警戒しながら私が怖がっていると、愛理はワザとらしいほど大きな声で発破をかけてきた。


 「大丈夫だって! パパっと撮って、さっと撤収すればいいでしょ!」


 言葉どおり愛理は迷うことなく、先へ進もうと私の腕を掴んで、強引に連れて行こうとする。


(……!)


 暮れ行く竹藪の中、不気味な視線にも動じることなく、先へ進むと言って譲らない愛理が、なんだか得体の知れない存在に取って代わられたかのように思えて、思わず私はその手を払いのけてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る