第一章 X集落

第6話 神域の橋

 X集落は、街灯もほとんどない細い山道のどんづまりにあった。


 荒れた田畑の間に古い民家がポツンポツンと点在する小さな集落で、民家が建っている石垣の隙間から顔を覗かせる緑が、放置された年月を物語っていた。

 人の痕跡が感じられるのは、田んぼの傍に放置された軽トラックと「不法投棄反対!」と書かれた年代物の看板くらい。


 それでもまだ陽があるせいか、想像していたよりは不気味ではない――というのが第一印象だった。


 「さあ、映える写真を撮るよ!」


 愛理が乗ってきたレンタカーを道の脇に停めると、私たちはいよいよ集落の中に足を踏み入れた。

 

 木の葉に埋もれた歩道を注意深く進みながら、景色や民家の写真を撮っていく。


 自然の地形に合わせて家を建てているという感じだったから、集落を歩くだけでも結構な運動量になる。民家の一軒一軒の間の距離も結構離れているし、二人とも息を切らしながら撮影を続ける。

  

 あらかた映えそうな家屋や風景を撮影し終わると、今度はくだんの橋を

探す。

 ――集落が呪われた地になってしまった元凶。神域の管理者が神の呪いを受けて

しまい、家族を道ずれに心中したという橋だ。

 

 橋のある場所のヒントになりそうな情報といえば、「例の橋は集落と神域の間を

渡していた」という愛理がSNSのDMで聞いた内容くらい。

 この乏しいヒントを元に探すしかない。


 とりあえず陽があるうちにメインとなる場所の写真は収めておきたい。


 そう思ったのだが、なかなか橋は見当たらなかった。


 「神域っていうくらいだから、たぶん奥だよ。奥を探そう!」


 元気よく愛理は言ったが、三方を山で囲まれた集落ではどの方角が奥なのか分からない。スマホの電波もここではほとんど通じないから地図アプリも使えない。


 まあ事前に地図アプリで確認した限り、アプリでは集落の存在は分かるものの、

X集落周辺の詳細な位置情報は確認できなかったから、仮にアプリが機能したとしてもあまり意味はないかもしれないが。


 仕方なく、二人で手分けして探すことにした。


 既に陽は傾いていたが、まだ明るい。

 私は放置されたトラクターの横を通り過ぎ、昔はこのX集落一の権威を誇っていたであろう大きな瓦屋根をもつ民家に向かう。この立派な家が神域の管理者の家だと推測した私は、その裏手に神域があるのではないかと考えたのだ。


「神域の管理者が自らの家で侵入者から神域を守る」という考えは、安易だが、それほど突飛な推理でもないだろう。そして神域に向かうその間に橋はある。


 少しワクワクしながら、民家を裏手に回る。

 ――だが裏手には、草花の生い茂った畑しかなかった。

 

 なんとなく、この家周辺は他とは違う雰囲気だから、我ながら自分の見立てに自信があったのに。 

 オカルトマニア的な才能が否定された気がして少しガッカリしつつ、私は次へと向かった。

 

 遠くでカラスが鳴いている。

 夜が近い。

 

 私は少し焦りながら足を速めて、田畑のあぜ道を手あたり次第に駆け回る。

 


 すると放置されて草が茫々の田んぼの脇に、簡素な木製の鳥居が立てかけられているのを発見した。鳥居は森の奥へと続く小道の入り口に設置されている。 


 おそるおそる鳥居をくぐると、両側を竹やぶに囲まれた薄暗い山道が続き、5分程歩くと小さな川を渡る古い橋が架けられていた。


 「あった!これだ!」


 すぐに私は大声で愛理を呼んだ。

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