328執行会ー打ち合わせ参

 昼食を兼ねた打ち合わせを終えて、有楽町にある第壱のオフィスビルへ俺と白鯨は出向いた。いや、白鯨は帰って来たというほうが正しいか。

 第壱は第参と違い、委員会発足黎明期に建てられたビルであり、そのすべてが第壱のオフィスとなっている。一階から六階までは総務課・建築課・情報管理課・財政会計課・環境対策整備課・倫理監査事務課が各一フロアずつを担当しており、七階から九階を企画課が、最上階の十階を委員会統括担当が使用している。

 委員会のオフィスでここまで大きなものは他にはなく、名実ともに執行会の看板と言っても過言ではないのが第壱室である。

 そこまで大きな団体になると所属する者たちが互いに足を引っ張ったりするものだが、企画室ではそのようなことはほとんどない。なぜならば――――。


「ヴぇあああああああああ! あと七日で出来るわけねぇだろォ!」

「ああ!? さっさと予算むしり取ってこいや! 俺は二日寝てねぇんだよ!」

「統括が陣中見舞いで最中くれましたぁー! 会ったらお礼言っといてください」

「「ういーっす!」」


 そんなことを考える暇なんてないからである。

 俺たち第参室以外はローテーションの持ち回りがあるため、各室には複数班が設置されている。それでも年六回の執行会開催に間に合わせるのにギリギリだ、身内でいがみ合うなんて隙間は存在しない。そんな暇があったら全員寝るだろう。

 いつ来ても修羅場な第壱室の企画部合同フロアから聞こえる喧騒に思わず笑ってしまう。

 そんな俺を白鯨の爺さんはジロリと見て、一言。


「笑ってくれるな、俺たちはいつだって死に物狂いで働いているんだ」

「分かってますよ。賑やかで羨ましいぐらいです。ウチは少数精鋭ですからここまで騒がしくなることなんてないので」


 そう言って俺はビルに入る際に装着した孔雀を模したハーフマスクのズレを直す。

 室長、統括、長官以外に第参室の人員は顔バレしてはいけない決まりになっているからな。俺たちは執行会でスポンサーの方々が観戦される会場にサクラとして潜り込むこともある、それ故に第参室のオフィスの場所もメンバーの顔も徹底的に秘匿されているのだ。

 長時間着けていると蒸れてたまらないのだが、今回ばかりはそうもいっていられないので我慢して爺さんと共に企画部が集合しているフロアに踏み入る。


「総員注目!」


 爺さんの怒声に近い大声に、フロア内の全員が立ち上がって直立する。まるで軍隊である。


「まず初めに、気持ちはわかるが品性のない大声を叫び散らすな。無理な残業が続いているのはこちらも把握している、だが時間がない。スマンがもう少しだけ耐えてくれ」


 白鯨の爺さんが腰を深く折って謝意を示す。多少のざわめきが起こるが、数秒後に爺さんが頭を上げる時にはスタッフの全員が笑って爺さんを見ていた。


「ついでに、心強い援軍だ。第参室の虹孔雀氏に協力してもらえることになった」

「どうも、ついでの孔雀です。どうぞよろしく」


 俺がお辞儀をすると、先ほどの比ではない騒めきがフロアを包む。

 どうやら歓喜の声よりも混乱のほうが大きいようだが。


「あの、孔雀さんってスコアホルダーの……?」

「当然です。同世代に同一の|面持ち≪マスクホルダー≫は存在しませんから」


 |面持ち≪マスクホルダー≫とは、俺が装備している動物の形を模したハーフマスクを使用して執行会を企画できる、言わば殺しのエリートのことである。

 最大規模の第壱室では十七名、最少人数の|第参室≪ウチ≫では四名といったように、企画室の大きさで決まった人数が配属される。

 俺たち第参室は所属メンバーの持ち回りローテーション、といっても黒豚は新人なので除外されているのでローテが組まれているのは三人だ。対照的に第壱室のように所属人数の多いところはコンペティション形式になっている。故に第壱は所属は長くとも執行会のゲームマスターを担当したことのない|面持≪マスクホルダー≫ちは相当数存在する。

 そんな室ごとの事情は第参室の奴らと室長以上しか知らないので、コンスタントに企画を通す俺と烏と赤猫は企画室の連中に尊敬されることが多い。おそらくその動揺だと思うが……。


「虹烏さんと赤猫さんも手伝ってくれたのに、そのうえ孔雀さんも引っ張ってきてくれるなんて……」

「室長最高っす!」


 どうやら皆さん感動に震えていたようで。いやハードル上げすぎでは?

 って、遊んでいる場合ではなく。時は有限、白鯨に部屋を用意しろと告げ、また主要メンバーを集めるようにも伝える。

 分かったと即答した白鯨に八階の第三会議室で待機してくれと言われたので、エレベータに乗ってそちらに向かう。

 八階の第三会議室は、ドラマで描かれるような真っ白な壁に覆われた無機質な部屋で、中にはロの字型に長机が組まれており、一辺にパイプ椅子が三脚ずつ配置されていた。壁際には説明用だろうか、キャリー付きの大きなホワイトボードが鎮座している。

 会議室内をゆるりと見回して、俺はいわゆる上座と呼ばれる最奥のパイプ椅子に腰掛ける。安物であろうそれから帰ってくる反発は板と変わらない。どこの企画室も備品に金をかける予算はないのだな。




「スマン、待たせたな」


 会議室で十分ほど待たされた後に白鯨は現れた。後ろには八名同行している。

 謝罪の言葉と同時にペットボトルのお茶を手渡され、同行してきた八名は思い思いの場所に座り、爺さんは俺の左隣に陣取った。


「それでは、三の二十八に行われる定期執行会会議を始める。司会進行は俺、白鯨が務める。皆、よろしく頼む」

『よろしくお願いします』


 俺を含む全員が返礼して、会議は始まった。


「まず、オブザーバーである孔雀からの提案を諸君には聞いてもらいたい。孔雀、よろしく」

「はい、それでは最初に自己紹介を。第参室所属の孔雀です、恐れ多くも虹の称号をいただいています。今回のプロジェクト終了まで皆さんのお手伝いをさせていただきますのでよろしくお願いしますね」


 白鯨の挨拶の時のように各々からよろしくおねがいしますと返ってくる。第参ではこんな大人数で会議することなんて少ないから新鮮だ。

 

「結論から申し上げますと、先に確認させていただいた内容では開催は不可能なので会の内容を一度白紙に戻します。予算も時間も足りません、ですので私が企画したゲーム内容に変更させていただきます。

 ここまでで質問のある方は?」


 はい、と入口に近いところにいる眼鏡をかけた童顔の男性が挙手した。


「環境対策整備課の長沼と申します、孔雀さんのゲームではなく第壱企画室の|面持≪マスクホルダー≫ちにコンペをさせて再検討ではダメなのでしょうか?」


「無理ですね、時間がありません。正直、ここで会議をやっているのがもったいないぐらいには時間の余裕がないので、私をオブザーバーとして据えるのならば私の指示には従っていただきます。

 開催にこぎつけるためにはなりふり構っている場合ではないので諦めてください。幸い今期のノルマは達成しているのですよね?」


 白鯨の爺さんに尋ね、爺さんは深く頷く。


「でしたら、皆さんの現在制作されているゲーム……。アルペクション・キル、でしたっけ? そちらは次回開催に回してください。よろしいですね?」


 長沼はコクリと頷き、他の参加者も今のところは質問がないようなので話を続ける。


「では、ホワイトボードでゲームの内容を説明させていただきます。私の提案するゲームは」


 キュッキュッと黒の水性マーカーを音を立てて滑らせる。

 文字をデカデカと書き上げて、俺は大きな声で叫びながらホワイトボードの板面を叩いた。


「ズバリ! 人権ジャラマーです!」



 

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