328執行会ー打ち合わせ弐(白鯨視点)


(まったく、大した集中力だ)


 白鯨と呼ばれている大男は口にしたホットサンドを味わいつつ、視線だけを対面に座る虹孔雀に向ける。

 公務省直轄執行企画委員会、通称委員会においてコードネームは評価に直結する。新人は黒系統色、新米を抜けると赤系統色、続いて緑・青・黄となり、最後に白が君臨する。

 だが、これには例外がある。およそコードネーム持ちが七十名が所属する委員会を支えるスポンサー、彼らによって毎年年末に公表される人気投票。これの第一位、スコアホルダーには彼らによって特別な色が与えられる。

 それが虹、頂点のみに贈られる最高位の色。執行会を取り仕切ることにおいては、今年四十七になる最年長の白鯨よりも孔雀のほうが優れていると大衆が認めているのだ。


「ふむ。アメリカンコーヒーを頼む」

「ああ、わかった。すみません、アメリカンを二つ」


 白鯨はウェイトレスにコーヒーを注文し、自分の資料をビジネスバックの中に隠す。

 それと同時に資料を見終えた孔雀も自身の手持ち鞄に資料を収納した。


「何か打開策が見つかったか?」

「ないこともない」


 資料を片づけたことで仕事モードから普段の様子に戻った二人は互いに見つめあう。


「そいつは重畳、ぜひ聞かせてもらいたいが……」

「コーヒーが届いてからだな」




 五分ほどして注文したコーヒーが届き、二人は黙って一口啜る。

 先ほどはブラックで飲んだ白鯨が、角砂糖を二つほどコーヒーに溶かしこんで孔雀に尋ねる。


「さて、孔雀の意見をお聞かせ願えるか?」


 ふざけるように、あるいは気取ったように、白鯨はコーヒーを口に運びながら孔雀に問う。

 孔雀は真っ向からそれを受け止めて、白鯨にとって重いの寄らない言葉を返した。


「ええ。と言ってもやることは簡単です。アナタたち第壱の方々が急ぎ用意した執行会の内容、そのすべてを破棄して内容をコンパクト化します。

 どうにかして期間内に作り上げる、ではなく、期間内に完成できるものに変更しましょう」


 孔雀の言葉は驚くべきものだったが、白鯨は少し悩み、頷く。


(進行度が一の作品を十にするよりも、諦めて真っさらに戻して出来栄えが二の作品を作ろうと言うわけか。

 思い浮かばなかったわけではないが、スポンサーの方々が納得するかどうか……)


「スポンサーなら心配ありません。俺が彼らへのウケがいいように調節します」


 脳内で考えていたことを言い当てられ、白鯨は怯む。そんな彼を見て、孔雀は穏やかに笑う。


「爺さん、準備の資金はいくら出せますか」

「……俺のポケットマネー合わせたら五百ぐらいか、限界まで言っても五百五十は超えない」

「結構です。では、まず資金三百万で会場と人件費を賄います。第壱は俺の指揮下に入っていただけるんですよね?」

「それは確約しよう。ごねる奴は俺が教育する」


 白鯨の言葉を最後に沈黙が場を包む。喫茶店内はお昼時を外れて閑散としており、マスターは孔雀と白鯨のことなど存在しないかのように振舞っている。それが二人にとって大変心地よかった。

 白鯨が先にコーヒーを飲み終わり、数秒ほど遅れて孔雀も後を追い、二人は鞄を抱えて立ち上がる。


「それでは参りましょうか」

「おう」


 支払いの時に白鯨がコーヒーの値段に驚いたのはまた別のお話。


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