328執行会ー打ち合わせ壱

「まず、初めに言わせてくれ。君の協力に感謝する」


 そう言って白鯨の爺さんは俺に頭を下げた。敬語なのは仕事モードに入ったからだろう、俺も気持ちを切り替える。


「いえ、同じ会社に務めるものとして全力でサポートさせていただきます」


 爺さんは俺の返答に「ありがとう」と口にし、手元にある封筒から大きなクリップで留めた資料束を取り出して一部を手渡してきた。

 一番上のコピー紙には表題として三月二十八日執行会資料と書かれており、余白の部分に仮とデカデカとマジックで文字が刻まれている。


「仮資料で悪い、まずは一枚目を見てくれ」


 表紙を捲って一枚目を確認する、そこには執行会のプレイヤー情報が記載されている。そこに載っている人数は三人、当然すべて死刑囚だ。


「一人目は佐藤信二。七年前に起きたパチンコ店強盗致傷ならびに危険運転致死傷の主犯、営業終了後のパチンコ店に押し入って回収した金を強奪しようとしたクソ野郎だ。金を運んでいた店員は十九針を縫う大怪我、逃走の際に盗んだ乗用車で国道を爆走し、当時三歳の子供を含む一家四名の軽車両に追突。夫の|佐久間博≪さくま ひろし≫を除く、母子三名が搬送先の病院で死亡、佐久間氏も左手に重い障害を抱える結果になった」


「あまりに身勝手で死刑判決も妥当ですね」


「コイツは冤罪の可能性はないと確認が取れた、体面がなければ公務省の長官は笑顔で死刑執行の印を押すだろうな。それほどのクズだ」


 爺さんの言う通り、現在の長官はイケイケの死刑賛成派だ。孫が凶悪犯に無残に殺されてることもあって、執行会の存続に非常に肯定的で助かっている。これでも俺は執行会の人気投票でスコアホルダーなのでプライベートでも複数回お食事に誘っていただいたことがある。

 時折、犯罪に対しての憎悪を表に出す以外は、礼儀もあまり気にしない気持ちの良い好々爺である。


「二人目は三島銀造、三年前の鳥取県警放火事件の犯人だ」


 コイツは記憶に新しい。深夜に鳥取県警の巡査に酔っぱらっている状態で保護されたことを、辱められたと訳の分からん逆上をして全身に灯油を入れた火炎瓶を装備して襲撃した正真正銘のイカれた老人だ。この時の火事で計七名が犠牲になった。そのうち六名は騒ぎに気づかずに逃げ遅れた警察官、残りの一人はたまたま事情聴取に協力していた若い女性だ。

 コイツの弁護士がまた有能で、地裁と高裁で心神喪失を盾に無罪を勝ち取ったが、最高裁では通らずに逆転で死刑判決。傍聴席ではスタンディングオベーションが起こるなど異例の裁判になった。資料には再審請求が棄却されたと書かれているので消しても問題ないと判断されたんだろうな。


「第参のエースである君に言うのは釈迦に説法だろうが、基本的に執行会へ送られる囚人は冤罪の可能性が絶対にない者であることが条件だ。裏取りは公務省直属の公安課が行っているので万に一つも間違いはない。

 安心して始末してくれて構わない」


 爺さんは喫茶店で耳にするにはあまりに物騒な発言を、声を少し落として俺に告げる。彼の言っていることは、公務省直轄執行企画委員会に雇用される際に受けるオリエンテーションで説明される、言わば俺たちにとって絶対の大前提。俺たちはただでさえ人殺しなのに、無実の人間を殺せば死刑囚と同じ立場になってしまうからな。

 爺さんが少し休憩とばかりにコーヒーを一口啜る。熱かったのか微妙に眉が上がった。爺さんはそれを誤魔化すように三人目の説明を始める。


「三人目は大野健一郎。コイツも殺人だ。十一年前、親類の集まりで酒に薬を盛って二十二人を殺した。当時コイツは十五歳、世論が死刑派と無期懲役派で真っ二つに割れたのを鮮明に覚えているよ。君も同じ年齢で大変だったんじゃないか?」


「あぁ、コイツの所業のせいで大人しい男の子が虐められる材料にされてましたね」


 そういえば、大野は自分が学校で虐められるのは親族のせいだと思い込んでの凶行で、反省の余地もあると聞いていたが。

 執行会は更生の余地があるものに対して話を持ち掛けることはないが……。


「不思議そうだな。彼は自分自身で参加を希望した」


 おいおい、俺って情報漏洩じゃないのか!?

 思わず立ち上がりそうになる俺に対し、爺さんは深い笑みを向けて口を開く。


「安心しろ、俺たちのことを漏らしたのは大野を担当していた看守だ。現在、死刑囚だけが公務省預かりになるが、看守役には公務省公安課の特別警官が就くことになっている。それは知っているな?

 その人間が死刑執行を望む大野に対し、俺たちのことを教えたらしい」

「秘密を抱える部門としては致命的な反逆ですね、それは……」

「当然、その看守は更迭されたが、大野が参加させろと聞かなくてな。やむなく今回の執行会に差し込んだわけだ」


 今更殺しの罪悪感で死にたがっているのか、それとも若い盛りを箱の中で過ごすことに絶望したのか、どちらか知らんがコイツがやったことは消えない。執行会にチャレンジするなら公平に挑ませてやるさ。


「以上三名の情報だ。詳細は次ページから十四ページまでに記載されている。後で確認しておいてくれ」

「了解しました。それでは、お次はやはり?」

「ああ、十五ページを開いてくれ。これからのスケジュールについて相談したい」


 俺が呼ばれた理由が書かれているであろう十五ページを確認する。

 そこには工程表と墨に印字された真っ白なページが存在した。


「企画提案、部材発注、人員と会場確保、テストプレイに最終確認。何も埋まっていませんね」

「うむ、なんなら予算も前回で使い切ってしまっているのでほとんど残っていない。具体的に言うと六桁にギリギリ届かない程度の予算だ」

「お疲れっしたー」

「待て! 待ってくれ! 頼む! 後生だから!」


 いや、どうあがいても無理だろこれ。


「どうにかして予算引っ張ってこれないんですか。第陸の財布とかもういらんでしょうに」

「統括に申し出たが色よい返事はもらえなかった。最悪、俺の自腹かもな」


 自腹って、アンタまだ家のローンが十年残ってるでしょうに……。

 ちなみに、統括とは俺たち公務省直轄執行企画委員会の各室を纏める最高責任者である。立場的には長官の直下になる。統括自身はそんなことを感じさせない柔和なおじいちゃんなんだけどね。


「予算無し、時間なし、あるのは人手だけ。想定の数倍悪い状況ですね」

「だから君に頼らなければならないのだ、孔雀。いや、虹の階級を持つ者よ」


 そう言って白鯨の爺さんはテーブルに頭をつけて懇願する。

 見たこともない爺さんの真摯な頼みだ、本当に切羽詰まっているのだろう。


「……やめてくださいってば。こうなった以上は全力で取り組みますよ」

「助かる、次回の執行会の内容だが――――」


 資料を捲り、次ページの説明をしようとする爺さんだが、俺はそれを制止する。


「待ってください、軽く目を通します。その間にホットサンドをどうぞ」


 爺さんは俺の言葉に、そうかと呟き、先ほど横に避けたホットサンドを食べ始める。

 食べ終わるまで十分もかからないだろう、手早く目を通すか。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る