喫茶店で打ち合わせ、の前に腹ごしらえ

「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」


 初老のマスターがグラスを磨きながらにこやかに挨拶をする。俺は奥の席へ迷わず進み、後ろからついてきている白鯨の爺さんもそれに倣う。

 俺たちが席についてほどなく、マスターがおしぼりと水をもってきてくれた。立ち去ろうとするマスターに「いつもの」を頼んで、爺さん用のアメリカンもついでに注文する。

 喜んで、とはにかんで厨房に入っていくマスターを横目に見ながら、店内の様子を確認する。店内には客が数人いるが距離が離れており、声を潜めれば到底聞こえない。これなら安心だ。


「久しいな、孔雀の」

「そちらもお変わりないようですね白鯨の爺さん」


 俺と爺さんはお互いに挨拶の言葉を口にしながらおしぼりで手を拭く。あ、爺さんったら顔まで拭いてる。えんがちょえんがちょと心の中で呟きながら水で口を濡らして目の前の偉丈夫に質問を投げかける。


「で? 進捗はどうなのさ」

「芳しくないな。率直に言うと到底間に合うとは思えない」


 爺さんも水を口に含み、眉を一瞬動かしてグラスの中身を飲み干す。


「レモン水とは」

「驚いた? 気に入ってるんだ、この店」


 らしいな、とポツリとこぼしてメニュー表を眺めだす爺さん。どうやら彼も食事を済ませていないようだ。

 爺さんは数分メニューとにらめっこをして、近くにいたウェイトレスを呼び止めてホットサンドを頼んだ。この店のホットサンドは千百円で山のような量が来るのだが、爺さんは食べきれるのだろうか。

 喫茶店に入ってやるべきことを一通り終えたところで爺さんがテーブルに手を組んで、俺のことをジロリと見つめてくる。目つきが悪いのがこの爺さんのマイナスポイントだ。


「先ほどもオフィスで烏たちが言っていたが、現在の進捗では到底間に合わん。俺からも重ねて頼む、第壱に手を貸してくれ」

「いいですよ」


 さらりと答えた肯定の意に爺さんが目を丸くする。

 さっき散々拒否していたからな、簡単に了承するとは思っていなかったんだろう。


「いいのか?」

「いいのかってなんですか、先ほどは猫と烏のギャースカコンビが腹立たしいから受けなかっただけで、部署のお偉いさんが出てきたら普通に協力しますよ。子供じゃあるまいし。

 そもそも俺は三週間前の定期執行会の担当でしたから今は手が空いているんですよ。ですから事前に俺へ話を回してもらえれば面倒ごとが少なくて済んだんですがね」


「それは俺も把握していたから昨日の朝早くに第参の室長に話を通していたんだ。二名が応援に来るって即日返信が来たからよ、てっきりお前さんと黒猿が来るもんだとばっかり」

「あの馬鹿たち……」


 おそらくウチの室長への連絡を聞いたあの二人が強引に割り込んだんだな。昨日、俺は休暇を取ってたから絶好のチャンスだと思って。

 ウチの室長はやる気があるならなんでもさせてくれるからストッパーにはならないもんなぁ。


「それで昨日の昼過ぎから第壱のオフィスに出向してくれたんだが、アイツらは自分たちじゃどう計算しても次回の開催までに間に合わないと言ってな、お前さんの力を借りるって自分らの巣へとんぼ返りしたのよ」


「先走るだけで仕事はできる二人ですからね。まぁ、判断は間違っていないでしょう」


 心の中では少し考えれば分かるだろうと毒づいておくが。

 そのように執行会の内容に踏み込まない、軽いジャブの会話を繰り広げていると注文した食べ物とコーヒーが同時に届いた。


「いつものってのはナポリタンか。美味そうだな」

「あげませんよ」


 紙エプロンを装着し、粉チーズを振るってアツアツの鉄板の上で焼けているナポリタンをかき混ぜる。ケチャップの焦げる匂いが食欲を非常にそそる。もう我慢できない、フォークで巻き取って一口。美味い!

 幸せな気分でナポリタンを頬張っていると、こちらを見て爺さんが微笑んでいることに気づく。


「どこかおかしなところが?」

「いやな、執行会でいつも鉄皮面のお前さんが笑ってることが不思議でな」

「俺だって人間です。美味しいものを食べれば笑いますし、不味いものを食べれば怒ります」

「感情の幅は食いもんだけかよ。まぁいい、これで誰もこの席には近づかん。詳しい話をしてもよさそうだな」


 爺さんは一切れだけ食べたホットサンドの皿を横に避け、床に置いていたビジネスバックからA3の封筒を取り出す。ご丁寧に封筒の表には社外秘の印鑑が押されている。

 同時に俺もナポリタンを食べ終えた。さぁ、ここから仕事だ。


「状況を説明してもいいかな? 孔雀の」

「構いませんよ、第壱の室長さん」




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