厄介ごとは連鎖する
隔週で行われる執行会には持ち回りの順番がある。執行会担当最年長の白鯨率いる第壱から順番に、万年シルバーコレクター鬱金羚羊の所属する第捌、万年キマっている灰鼠の第拾壱、そして今回やらかした第陸のローテーションだ。俺たち第参は人員が≪≪比較的≫≫まともなので今回のようにしくじった部署のフォローに回るためにローテーションから基本的に外れている。
それなのに、何故第陸が連続して先週と来週の執行会を取り仕切ることになっているかというと、執行会企画部は年に何人執行しないといけないと上層部によってノルマが定められていることが原因だ。
執行会の執り行いは隔週、つまり年に二十六回。それを先のローテーションの四部署に振り分けると各部署に六回と余りが二回。ちなみにその余りが俺たち第参の割り当てになるが今はとりあえず置いておく。
補助部署である俺たちにノルマはないが、それ以外の各部署は年に十五人以上の執行が義務であり、それを下回ると廃署。つまり所属部署全員クビだ。部署番号が飛んでいるのはそのせいだな。執行会をクビになると記憶処理されて執行会のグループに転勤になる。これは別に隠語ではなく普通の転勤だ。
話がそれたが、第陸がなんで一気に大規模な執行を試みたのか、これがノルマの怖いところだ。
前提として、俺たちは存続のためにエンターテインメントの形式で死刑囚を殺しにかからなければならない。俺たちのお賃金のためにここは譲れない話である。そして、それに反する壁として囚人のやる気の問題があるのだ。
囚人たちは許されない罪を犯して収監されて、人生大逆転のために執行会に臨む。ならば囚人たちにやる気を出させるためには何が必要か。そう、答えは希望だ。
執行の内容が難しければ難しいほど囚人は生を諦めてエンターテインメントが成り立たなくなり、逆に分かりやすくすれば囚人たちが執行を逃れる可能性が上がる。そこのバランスを取るために俺たちは苦心しているのだが、第陸はそれが出来なかった。
今年度の第陸の執行人数は四名、ノルマの十五名には遠く及ばない。そこで第陸の室長は第壱の室長兼執行人である白鯨にローテーションの交換を頼み込み、締め切りの年度末までになんとか二回の執行会開催にこぎつけたのだが、ノルマに焦った担当者が土台無理なチャレンジを囚人に強いて無事大惨事。飛ぶ非難、泣く第陸の室長、公務省から怒りの部署凍結の地獄絵図と相成った訳だ。
ま、ここまでは正直俺らにはあまり関係がない。執行会の横を繋ぐルールは協力はするが不干渉がモットーだしね。
問題は来週の開催があるのに部署凍結されたことだ。つまり、来週の執行会の予定に穴がぽっかりと開いたままになっている。お察しの通り最悪の事態だ。
まず、スポンサーの方々は趣味の悪いことに隔週の執行会を楽しみにしている金持ちが非常に多い。たった一回の延期でさえ彼らの興味を覚ますには有効で、一度中止となったらなし崩し的にスポンサーを降りるなんてことは十分にあり得る話になる。
それだけは絶対に阻止しなければならないので、相互不干渉が基本の執行会だが今回だけは特別にローテーション当事者の第壱と補助部署の第参がタッグを組んでいる。
さて、長々と現在の執行会を取り巻く状況を説明したが、何故こんなことをしたかというと……。
「一週間ないのに準備なんて無理だよね」
「第陸のケツ拭きなんて嫌なんで先輩に投げちゃおって! あとよろしくお願いします先輩!」
ブロンドヘアーをかきあげながらクネクネとポージングを決める虹烏と、近所の旨い焼き鳥屋のセット(税込八百円)を頬張る赤猫に第壱との協力開催の引き継ぎを頼まれたからである。
二人は昼前に不意に戻ってきたかと思うと俺のデスクを囲んで拝みだし、先の言葉を口にした。
「いや、普通に嫌だが」
俺は心底呆れた溜息を吐いて、冷蔵保存して作り貯めていた手製の弁当をデスクの上に広げる。
すると、本当に引き継ぐ気がないことに二人が慌てだす。
「そもそも、一度引き受けた事案を他の人間に回すのはサラリーマンとしてどうなんだ」
自分でもわかるほどに冷めた表情でアホ二人に正論を叩きつける。
「それはそうだが! 僕たちのコネでは完成までたどり着くのはほぼ不可能と結論が出てしまってね。第参の最終兵器である君ならばなんとかなるかと」
「いっちょパパッとおねげえしますよ先輩」
俺は時代劇で悪徳商人がよくやる下種手もみをするアホな二人を睨みつける。二人はひっと怯んで後退る。
「あのな、そもそもが締め切りが一週間切ってんのにフォローなんて無理なんだよ。企画提案、部材発注、人員と会場確保、テストプレイに最終確認まで含めて一体何日かかると思っているんだ。ローテーションの間隔が長い意味を知らないわけではないだろう二人とも」
隔週でローテーションを組んでいる理由の一番大きなものはこれである。執行会というのはひたすら準備に時間がかかるのだ。
基本的にセットの使いまわしが出来ないうえに、かかわる人数が増えれば増えるほど次回に合わせた予算の計算が必要になる。それを一年を通して振り分けないといけないのに、このような突発的な執行会などまともに出来るわけがない。
「お前たちが出来ないのならば、白鯨の爺さんには申し訳ないが、第壱の身内でどうにかしてもらえ。そもそも爺さんが第陸に順番を譲らねばここまで被害は広がらなかったんだ」
「そりゃそうだがよ、それを踏まえてお前さんの力を借りてぇのよ。正直俺たちだけじゃ立ちいかねぇ」
突然のバリトンボイスに驚いてエレベーターへ振りむく、そこには身長百九十センチほどの偉丈夫がスーツ姿で立っていた。
「……白鯨の爺さん」
「よう。ちょっと、喫茶店まで付き合わねぇか孔雀の」
思わぬ来客に再び嘆息を吐く。そして、その様を見てニヤニヤと笑う虹烏と赤猫の鼻を抓んで。
「来客があるなら先に伝えるべきだと僕は思うなァ!」
怒りとともに力いっぱい二人の鼻を引っ張る。痛い痛いのコーラスを存分に聞いて腹の虫が治まったところで、手を付けていない弁当を笑ってみていた黒猿に託して、室長に一言。
「今日は直帰になると思います」
「うん、頑張っておいで」
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