第5話 デラックスカップルパフェ

 未来にからかわれながら歩いていると、パフェの店にやって来た。ファンシーなピンク色の外装の建物の前に、美味しそうな巨大パフェの模型が鎮座している。


 二人で中に入ると、放課後ということもあって制服姿の女子高生がたくさんいた。男性はほとんどいない。


「やー。やっぱり混んでるねぇ」

「私、こんな空間に来たの初めてかも……」


 冷房の効いた室内には甘い香りが充満している。食べる前から満足してしまいそうだ。


 未来と一緒に席に着く。やって来た店員さんに未来はいつも通りの大人びた態度でつげた。


「デラックスカップルパフェをください」


 名前からしてデラックスだ。きっと実物はもっとデラックスなのだろう。メニュー表でパフェ一覧をみるも、縮尺が調整されているのかそのサイズ感が分からない。


 ただ値段は五千円だった。


「ちょ、ちょっと。未来。五千円って……」

「大丈夫だよ。私が払うから。貯金、使い切りたいし」

「いや、お金は私も払うよ。というかそういう問題じゃなくて……」


 五千円のパフェ。よほどの高級食材をつかっているというのなら、問題はない。でもデラックスという名前から察するに……。


「お待たせしました」


 店員さんが運んできたデラックスカップルパフェは、未来の顔よりもずっと大きかった。机の上に置かれた瞬間「どしん」という幻聴を聞いた。


「うわぁ。これがデラックスカップルパフェかぁ」

「……」


 あまりの威容に何も言えなくなってしまう。うず高いクリームや色々な色の山盛りのアイスにたくさんのお菓子の棒――ピコラチョコというらしい。それが剣山のように刺さっている。その上、ドライストロベリーやバナナ、キウイなんかも大量につきたてられていて、さながら難攻不落の要塞のよう。


「……これ、二人で食べられるの?」

「時間はかかるかもしれないけど頑張ろうね。詩子」


 確か未来はかなりの小食だったはずだ。私は割と食べる方だけれど、流石にこれは厳しい。周りのお客さんたちも、私たちが頼んだ巨大なパフェに興味津々みたいだ。


「と、その前に」


 未来はスマホを取り出して、パシャリとその後ろにいる私ごとパフェの写真を撮った。そしてその写真をニヤリとした笑顔で私にみせてくる。


「思い出は残しておかないとね」

「私映ってるけどよかった?」

「いい。というか詩子がいることに意味があるんだよ。なんと言ってもこのパフェの名前はデラックス「カップル」パフェだからね」


 そう告げて、未来は指先でピコラチョコをつまんだ。


「んー。先端のクリームとマッチして美味しいね」

「百個くらい突き刺さってるけど、頑張ってね……」

「ちょっと。君も食べるんだよ。ほら、どうぞ」


 そうして未来は私の口にピコラチョコをもってくる。私は恥ずかしさを堪えながら仕方なく、口を開いて咀嚼した。よくあるピコラチョコの味だ。けれど、未来の笑顔をみているといつもより美味しく感じた。


 私たちは交互に銀色のスプーンでその要塞を崩していく。


 最初、未来は笑顔を絶やさなかったけれど、ほんの五分もすれば険しい表情になっていた。巨大アイスクリーム要塞は未だに健在だ。まだ十パーセントくらいしか減っていない。


 このままだと残り全てを私が食べることになりかねない。


 そこで私は提案をする。


「最初に食べるのを諦めたほうがペナルティを受けるってのはどう?」

「ペナルティ?」

「うん。先に止めた方がなんでも一個いうことを聞く、とか」

「……なんでも?」


 突然、未来の目の色が変わった。


 さっそくスプーンでパフェをひとすくいして「次は君の番だよ」と促してくる。私が戸惑っていると「もしかして負けるのが怖いの?」とニヤニヤしている。


 私は唇を尖らせて、パフェをひとすくいする。じとーっと未来をみつめると、未来は笑顔でひとすくいした。


「ほらほら。どうしたの。もうギブアップ?」


 パフェをひとすくいして私は告げる。


「未来こそもう限界なんじゃないの? 諦めるなら今だよ」

「ほぉ。言うねぇ」


 未来はクリームを鼻につけながら間抜けに笑った。


 そんなやり取りを何十回繰り返しただろうか。気付けば私たちはお互いに軽口を叩くような余裕もなくなっていた。ただただ無言でパフェを攻撃するだけだ。


「ねぇ、詩子。そろそろギブアップしてくれないかな?」

「未来こそ、もう限界なんじゃないの?」


 胃袋はもうとっくに限界を超えている。甘いものは別腹だとかいうけれど、甘いものだけを詰め込み過ぎて気分が悪い。それでも何とかパフェをひとすくいする。


 未来はそんな私を愕然とした表情でみつめていた。


「ちょ、ちょっと。流石に大人げなくない?」

「だって大人じゃないもん。子供だもん」


 むむむと唸る未来。


「それなら私も子供になる!」


 なんてつげて、スプーンの先端だけでパフェをちょびっとすくった。そしてそのほとんど空白なスプーンを口に含んだ。じとーっとみつめていると「なに? 私だって十六歳の子供だもん!」とジト目でみつめ返してきた。


「……分かったよ。私の負けでいいから」

「えっ。ホントに!?」


 未来はニコニコした。なんていうか、未来と二人でいると調子が狂う。いつもなら未来の場所に私がいるはずなのに、立場が逆転している気がするのだ。


 もしかして、未来って一見大人っぽいけど誰よりも子供だったりする……?


 でもそれでもやっぱり未来のことは好きで、ニコニコしているのを見ると、私まで嬉しくなってくるのだ。


「何でも聞いてあげるけれど、その前にパフェ一緒に片付けようね?」


 私がにっこりと微笑むと、未来の顔は恐怖一色になった。


「無理無理無理! もう食べられないって!」

「食べ物を粗末にする人、私は嫌いだなぁ……」

「うぅ」


 未来は震える手で、パフェにスプーンをのばす。そして嫌いなピーマンを食べる子供みたいな顔で、それを口に含んだ。


「うぇ。もう死ぬまでパフェはいいかな……」

「カロリーどれくらいなんだろうね」

「急なホラーはやめてよ……」


 未来は不安そうな表情でお腹を撫でていた。今度は私の番だ。巨大な容器の底に豪雪地帯のように積もったアイスクリームを、できるだけたくさん自分の口に運ぶ。


「はい。次は未来の番だよ」

「もう無理ぃ……」


 背もたれにもたれかかって、目を閉じてしまった。私は仕方なく、自分のスプーンでパフェをすくって未来の口元に持っていく。


「ちょ、ちょっと。みんなの前でどういうつもり? 羞恥プレイ?」

「デラックス「カップル」パフェ、でしょ? それに同じパフェをつついてたわけだから、間接キスなんてもう気にしなくてもいいと思うよ」

「……べ、別に気にしてません!」


 そうつげて、未来は顔を真っ赤にしながら私のスプーンを口に含んだ。


「はぁ。ほんの数時間前まで君って好き好きオーラだしてたよね? なのになんでこんな風になっちゃうかなぁ。これが倦怠期ってやつ?」

「これが倦怠期なら、世の中のカップルはみんな倦怠期だと思う。そうじゃなくて私はたぶん……、未来を身近な存在だと思うようになったんだよ」

「これまでは宇宙人だった?」

「ある意味未知の存在ではあったね。死ぬまで私と関わることないんだろうなって、何となく思ってたんだ。ずっと片思いしてるだけなんだって」 


 でも今は違う。私は未来を知り始めている。


「だからさ、その、私が言いたいのは……。未来のことが、大好きだってこと。 倦怠期なんかじゃないよ」


 私は顔を熱くして、未来をみつめる。すると未来は恥ずかしそうに笑っていた。まるで冗談めかすみたいに。そうでもしないと、耐えられないとでもいった風に。


 ずっと覚えていたい表情だった。けれどやがて私は未来に記憶を消されてしまう。今この瞬間だって忘れてしまう。そのことが本当に恐ろしかった。けれど恐れは顔には出さない。


 未来は優しいから、きっと罪悪感を感じながらにでも無理やりに消してしまうはずだ。それならせめて、この記憶を忘れるその瞬間まで笑っていたい。未来のことを少しでも幸せにしてあげたいのだ。

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