初めてのデート

第4話 ニコニコ

 私たちが恋人かつ共犯者になったあと、すぐにチャイムが鳴った。私たちは慌てて教室に戻る。それからすぐに体育館に向かった。今日は夏休みの前日だから、みんなどこか浮足立った雰囲気だった。


 終業式が終わってホームルームも終わると、みんな各々部活に向かったり、家に帰ったりする。私も友達に挨拶をしてから、咲乃さんと二人ですぐに帰路についた。明日からは夏休みだ。蝉の鳴き声の響く並木道を歩きながら咲乃さんはつげる。


「最初に記憶を消すのは姫野と加藤。私、病弱なうえに美少女だったから、中学時代なんて結構いじめられてたんだ。でもこの二人だけは味方でいてくれた。だから悲しませたくないんだよ」


 自分で自分を美少女と評しても、咲乃さんなら嫌みったらしく聞こえなかった。


「……分かりました。咲乃さん」


 頷くと、咲乃さんは笑う。


「敬語じゃなくていいし、私のことは未来って呼んでよ。私も櫻さんのこと、詩子って呼ぶから」


 私は目を見開いて、未来をみつめる。慣れない呼び方だけれど、一応は恋人になったわけだし、頑張らないとだよね。恥ずかしいけれど。


「よろしく。み、未来……」

「よろしく。詩子」


 なんだか恥ずかしいけれど、未来も頬をほのかに赤らめていたから、少しだけ恥ずかしさはましになった。


「ところで詩子。これから時間ある?」

「あるけど、どうしたの?」


 やっぱり敬語じゃないのは慣れないけれど、未来と話せるだけで楽しくて、つい表情が緩みそうになる。


「すぐにでも二人の記憶を消したほうがいいってのは分かってる。いつ病気のせいで倒れるか分からないわけだから」


 一見普通の女子高生に見える未来だけれど、余命一年なのだ。私は暗い気持ちで未来を見つめた。


「でもね、やっぱりそれまでには悔いをなくしておきたいんだ。たくさん話したりだとか、思い出を作ったりだとか。もちろんそれは詩子ともだよ」


 未来はやがては私の記憶も消すつもりなのだ。なのに思い出を作る、なんていうのは少し残酷に聞こえた。


「だからちょっと付き合って欲しくてさ。まだ動ける今のうちにいろいろな経験をしておきたいんだ」

「遊びに付き合ってほしいってこと?」


 私が問いかけると未来は頷いた。


「うん。カップル専用のパフェが食べられる店があるんだけど、そこについてきてくれないかな? ずっと食べたかったんだよね。でも恋人なんていなかったし」

「つまり付き合うのは私が初めて……?」

「そうだね。お恥ずかしながら。いろはが分からないんだよね。だから詩子がリードしてくれると嬉しいかも。モテそうだし」


 キラキラと期待を視線で送ってきている。そんなこと言われても、私だって付き合ったことないんだけど……。っていうか、モテそう?


 そんなばかな。


「ほら、詩子ってリアクションが凄いし、表情コロコロ変わって予想できないから可愛いんだよね。男子だって詩子を狙ってる人、多いと思うよ?」

「そこまで表情変えてる? 私のことなんて好きになるかな?」

「私は詩子のこと、好きだよ」


 未来に好きだよ、って言われた。その衝撃に耐えかねて、私の表情はふにゃふにゃになってしまう。とはいえ今もいつか記憶を消されること前提で未来と関わっているのだ。


 いつかは今この瞬間だって、全てなかったことにされてしまうのだ。


 そう考えると素直にこの状況を楽しむことはできなかった。


 でも私は未来の味方でいると決めたのだ。例え記憶を奪われてしまうとしても、それでもせめてその時までは未来を楽しませてあげたいと思う。我ながら都合のいい女だけれど、それだけ私は未来のことが大好きなのだ。


「私も未来のこと、大好きだよ」


 私が微笑むと、未来は顔を赤くして「嬉しいよ」と笑った。 


 しばらく並木道を歩くと可愛いわんちゃんがすり寄って来た。しっぽを振るその姿をほのぼのした気持ちで見つめていると、未来にこんなことを言われてしまう。


「わんちゃんも可愛いし、ニコニコしてる詩子も可愛いね」


 にこにこ? 私、ニコニコしてたの? 自分の顔をペタペタ触りながら、未来をみつめる。未来もニコニコしていた。


「やっぱり好きだなぁ……」

「へっ?」


 そんな真っすぐに言われると、普通に照れる。すると未来はそんな私を見て、またしてもニヤニヤしていた。なんだか心外だ。遊ばれてるみたいで。


「……未来だって、すぐに顔に出てるくせに」

「そうかな? 私、みんなの前ではそんなに感情出してないと思うけど」


 確かに教室ではいつだって穏やかな表情だ。


「多分、詩子の前だからなんじゃないかな。誰だって、好きな人の前ならありのままの自分になっちゃうと思うよ?」


 またしても私の顔は自らの意志に関わらず、ニヤニヤしてしまう。未来はそれをからかうみたいに、大人っぽいその顔立ちを崩して「可愛いね」とにやけるのだった。

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