第6話 嫌いになんてならない
パフェを食べ終えた後、ぱんぱんにお腹を膨らませて椅子で脱力していると、未来は苦しそうな表情で「連絡先交換してくれる?」とスマホを開いた。鼻にクリームをつけたまま。
ティッシュを渡してあげると不思議そうに首を傾げた。けれどスマホの画面に反射した自分の顔を見ると、すぐにふき取って、頬を膨らませていた。
「ついてるのならついてるって言ってよ……」
「ついてる」
「遅いよ! っていうか詩子ってSっ気あるよね?」
「そうかも……」
そんな会話をしながら、連絡先を交換する。
私の一言で表情をコロコロ変える未来をみていると、なんだかおもしろくなってくる。内なる本性が露わになっていくような……。あとなんとなく、未来が私のことを好きになった理由も分かってきた。
「あーあ。可愛かったのになぁ。まだ私と話したことがないころの詩子。みんなの冗談を真に受けて、表情コロコロ変えてさぁ」
「未来はいじられキャラが好きなの?」
「ん。それは違うよ。私が好きなのは詩子だから」
なんてきりっとした表情でつげる未来を放置して、私はお会計に向かう。
「ちょ、ちょっと」
私は追いかけて来る未来から顔を隠すように背中をむけた。でも結局は顔を覗き込まれてしまって、未来をにやつかせることになった。
「あれー? もしかして詩子、ハート打ち抜かれちゃった?」
「私のハートはそんなにやわじゃない」
「じゃあ私の言葉がよほど強力だったんだね」
ますますニヤニヤを加速させていく未来。
なんだか気にくわない。未来の表情を意のままに操ることに喜びを覚え始めているのに、私をだしにしてニヤニヤするなんて。
頬を膨らませていると、店員さんが「五千円です」とつげた。私は財布の中を見るも、五百円玉しか入ってなかった。
「ここは貸しってことで私が払ってあげよう。詩子クン」
なんだか憎たらしいにやけ面の未来が私の肩を叩いて、五千円札をトレーの上に置いた。
店を出ると私はすぐにつげる。
「お金はすぐに返すから」
「返さなくていいよ。代わりに詩子から思い出を貰うから大丈夫」
ニコッと未来は笑った。
「天国にお金は持っていけない。でも記憶は残るかもでしょ?」
記憶を消すつもりな癖にそんなことを言うものだから、ついつい本心が漏れてしまう。
「……だったらみんなの記憶も消さないでほしいんだけどね」
未来は親しい人の記憶を消すつもりなのだ。私がその「親しい人」から除外されているとは思えない。ある日突然、銃口を突きつけられて「ばん」とささやかれてもおかしくないのだ。
みんなの記憶を消すつもりの未来が、記憶のために私と過ごす。それは未来にとってもとても辛いことのように思えた。
みんなが忘れた楽しい記憶を死ぬまで一人ぼっちで抱え続ける。誰とも共有できない記憶なんて、拷問でしかないのだ。未来が心変わりしてくれるのなら、それに越したことはない。
でも未来はあからさまな作った笑顔でつげる。
「それは聞けないなぁ。私は友達も家族もみんなの記憶を消すつもりだよ。エゴイストだからね。もちろん、詩子の記憶も消すつもりだよ。その日が来ればね」
「……その日」
「だからそれまで一緒に楽しもうよ。どうせ私の意志は変わらないから、無駄なことは考えない方がいいよ?」
気が付くと、分かれ道に来ていた。未来の家は私の家とは違う方向みたいだ。
もしも未来が気持ちを変えないのだとしても、私にできることは、したいことは未来のそばにいることだけだ。未来がこの世界からいなくなってしまうまで、ずっと。
「分かったと思うけど、私、かなり自分勝手だよ? これから先もそれは変わらない。もしも私のことが嫌いになったなら、……忘れたくなったなら、ためらわず言ってね。私に関する記憶、綺麗さっぱり消してあげるから」
夕日を背景にひらひらと手を振りながら歩いていく。
私はこぶしを握り締めながらその後ろ姿をみつめる。未来を思う気持ちがどれほど強いか理解してくれていないのが腹立たしくて、その後ろ姿に私は叫ぶ。
「嫌いになんてならないから!」
すると未来は振り返って、辛そうな表情で笑った。もしも分かってくれないというのなら、これからたくさん教えてあげればいい。
未来の自分勝手さ。それに愛想を尽かして消えてしまうような軽い愛じゃないってことを、嫌というほど知らしめてやればいいのだ。
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