第21話


多くの女性を愛した人間よりも、たった一人の女性だけを愛した人間のほうが、はるかに深く女というものを知っている。



- トルストイ -


(ロシアの小説家、思想家 / 1828~1910)




「じゃあ、16時に深山駅集合ということで良いのね?」


 愛華がこちらの顔を覗き込む様にして聞いてくる。


「あぁ、それで大丈夫だ。輝夜には愛華から伝えてやってくれないか?」


「えぇ、分かったわ「愛華!」…うん?」


 声がした方向に目を向けてみると、そこには修平が立っていた。


「何かしら……


「っっ!?…そんな奴と一緒にいないで、今日は僕と一緒にどこか遊びに行こう」


 そんな奴とは何だ、そんな奴とは……ていうか、そんなに俺の事睨まなくても良いのに。まぁ、修平が愛華に好意を向けているのは分かっているから、しょうがない部分はあると思うけど。


「ごめんなさい、今日は恭弥くんと一緒に遊びに行く約束をしてるの……それに、自分を慕ってくれている後輩を危険な所で置き去りにする人とは一緒にいる事は出来ないわ」


 そうきっぱり言い放つ愛華に、修平は目を見開き、こちらに背を向け教室を勢い良く出ていく。

 にしても昨日の出来事……あの神とやらによれば、この物語の主人公は修平ではなく俺…静井恭弥になっているらしい。他の7人のヒロインも俺にいずれ惹かれる事になるらしいが、まぁそれに関してはまだ良い。

 ただ最後に言っていた言葉……『少々ヒロイン達の愛が過剰になりすぎてる部分もあるが』という部分は少し気になる。愛華も輝夜も少々過剰になっている部分が見受けられるし、これが後7人も増えるとなれば正直かなり不安が残るところだ。


「愛華…あれで良かったの?」


「えぇ、これで良いのよ。もう私には恭弥君しかいないから」


「そっか」


 俺はその言葉だけを残して、教室を後にする。後ろから愛華からの視線が刺さるが、今はそれに気付かないふりをして階段を降りていく。

 今の愛華への言葉には何て返すのが正解だったのだろうか……俺には答えが良く分からなかった。私には貴方しかいない…恐らく大半の人間が一生を生きてく内に聞く事はないであろうその言葉に、たかだか精神年齢10代の俺には分かる筈がなかった。


《ドン》


「あ、すいません」


「いえ」


 2階の階段の踊り場に来た辺りで、分厚いプリントの束を抱えた女の子とぶつかってしまった。すぐに謝って落ちたプリントを拾うのを手伝うが、幸い他に階段を降りて来る人は居なかった為、無事にプリントを全部集め終えて女の子に手渡す。


「はい、ごめんね…ホントに」


 プリントを集め終えて、改めて女の子の顔を見てみると

 眼鏡の奥にある瞳は非常に綺麗であり、顔の輪郭も小さい小顔であり、少し化粧をすれば余程の美少女になる事が何となく男の俺でも分かった。

 まぁ、そんな事が分かったとは言っても、特に何かある訳でもないのだが。


「特に気にしてないので大丈夫です……失礼します」


 そう言って再び立ち上がった彼女はしっかりと紙の束を持ち上げ、俺の横を通り過ぎ、ゆっくり階段を上がっていった。


「何か既視感ある顔だったな…まぁ気のせいか」


 俺は階段を降りて玄関へ向かう。



「ほい!パス!」

 

 グラウンドではサッカー部の試合の音が鳴り響き、それを横目で眺めながら俺は校門をくぐり、自分の家の方向に歩みを進める。


「近年、ストーカー事件が多発しており、あの有名アイドルである七宮美鈴さんも同様の事件で気を病み、現在はアイドル活動を一時休止してるとの事です」


 途中で付けたBluetoothイヤホンでニュースを、どこか上の空な状態で聞きながら歩く。


「最近は物騒だねぇ、ストーカー事件なんて……ん?」


 七宮美鈴…ヒロインの1人+ストーカー事件=主人公の出番。何だか不穏な式が頭の中で出来てしまい、それを必死にかき消す。早く帰って準備しよ。


 

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ふと目が覚めると、自分がNTRエロゲの竿役だという事に気づく。 〜ヒロインと関わらないつもりだったのに、何故か好かれてる件〜 立花 @kangasaete123

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