第13話 カラオケ(3)


「愛華……頼むから機嫌直してくれよ」


「ふ、ふん!恭弥くんなんて知らないわ!!」


 愛華とカラオケボックスの中へ入ってから5分ちょい、俺の方へ背を向けた愛華さんの機嫌が全然治ってくれません。


「あーあ、愛華の綺麗な歌声が聞きたいな〜なんて!」


 そんな事を言うと、愛華がその言葉にビクッと反応する……が、まだこちらに振り向いてくれない。


「あー、昨日からずっと楽しみにしてた愛華の歌声が聞けないと思うと、俺苦しくて泣いちゃいそう」


 これでも駄目か……?と思ってたら、愛華がゆっくりとこちらに振り返る。


「しょ、しょうがないわね!そんなに私の歌声が聞きたいなら、存分に聞かせてあげるわ」


 愛華さんチョロ(笑)なんて口に出したら今度こそ殺されるので、心の中だけに留めておく。

 慣れた感じでデンモクをタッチして操作しながら、曲を入れていく愛華を眺める。


「あ、そういえば喉乾いたな。何か飲み物取ってくるけど、愛華は何か飲みたいのある?」


「も、もう!これから私が歌うって時に!」


「ごめんごめん(笑) すぐ戻ってくるからさ、で?愛華は何か飲みたいのある?」


「じゃあ水で良いわ」


「お〜!シンプルだね、オッケー」


 俺は席を立ち、ドアに手を掛けカラオケボックスから出る……ん、何だか無性にトイレがしたくなってしまった。トイレの場所はドリンクバーがある方とは反対方向だ、少し面倒くささを覚えながらも尿意に勝てる訳もなく歩みの方向を変える。

 そんな時、突然目の前から勢い良く男が走って来て、肩がぶつかるが……そんなのお構い無しにそのまま俺の横を通り過ぎていく。


「って!おい!」


 声を掛けてみるが、こちらに振り返らずにダッシュで出口へ向かっていく。


「何だよあれ……あ?」


 さっきの男が出て来た個室と思われるとこから微かに声が聞こえてくる。


「なんで……先輩!!嫌ァ!やめて!」


 ……!!!これはヒロインの1人である天音輝夜の声、てことは、さっきの男が修平か!!

 思わず出口の方へ視線を向けると、そこには自動ドアが閉まる瞬間、一度もこちらに視線を向ける事もなく背中だけをこちらに向け立ち去る主人公の姿。

 ボックスのドアが少し開いており、その隙間からは服が乱れた天音輝夜を取り囲む様にして数人の他校の上級生と思しき人達が襲おうとしている。

 何で、ここでお前主人公が逃げるんだ?ゲーム内のストーリーでなら、お前はこいつらに死ぬ気で立ち向かって行くイベントの筈だろう?

 

 この場で俺が選ぶべき選択はどっちだ?助けるか、助けないかの2つの選択肢、だが俺は既にこの世界では愛華以外のヒロインと関わる気はない……だから助けないの方を選ぶのが正解なんだ!!

 そう頭の中では結論付け足を動かそうとするが、足が鎖で繋がれた様に動かなくなる。

 頭の中のもう1人の俺が『本当にそれで良いのか?』と語り掛けてくる。だが、これは実際に語り掛けられてる訳じゃない、全て俺の思考が生み出したただの幻聴だ。それを理解してるってのに……!!

 

《あぁ、結局俺は悪を演じ切る事は出来ないんだ。自分でも最初から分かってた、人は両方を兼ね備える事が出来ない生き物。善か悪、どちらかに傾く事しか出来ない。》


 俺は静かにそのドアノブに手を掛け、一気に開ける。


「あぁ?誰だてめe))) ガハッ!!」


 とりあえずチンピラっぽい奴の顔面に拳を叩き込むのと同時に、目の前の光景を取り出したスマホで撮影して、しっかり証拠を残しておく。


「レイプ未遂、これって立派な犯罪だよな。しっかりブツまでズボン脱いで出しちゃってる奴もいるしさぁ、まぁこっちとしては相手が根っからのゴミクズの方がやりやすいし良いんだけどね」


 そんな事を言いながら、俺は残りの4人を観察していく。未だに状況に脳が追い付いていないのか、目を見開いて固まってしまっている。


「ギャハハwww なるほどなぁ、てめぇ喧嘩強いんだなぁ?だけどよぉ、喧嘩ってのは何も拳だけで決まるもんじゃないんだぜぇ!」


 そう言っていち早く状況を理解して動き出した男はテーブルに置いてあったデンモクを手に取り、それを俺の頭目掛け思い切り振り下ろしてくる。

 うぇ(ドン引き) こいつマジで俺の事殺す気かよ、ヤバすぎだろ。


「良く、そんなもの躊躇無く人に振り下ろせるよね。一回病院で頭診て貰った方が良いよ」


 振り下ろされたデンモクを両手で受け止め(めっちゃ重いし、何か骨折れたかも)左足を使い思い切り男の金玉目掛け、蹴り上げる。


「ギャァァァァァァァァァ!?!?」


 声にならない悲鳴をあげ、股間を押さえながらその場に倒れ込む男……潰す気で、本気で蹴ったしワンチャン潰れてるかもな。

 にしても腕が痛い、やっぱり避けておくべきだった。ワンチャン行けるんじゃね?(笑)とか軽い考えでやったけど、ガチで腕の骨ヒビとか入ってるかもしれん。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ」


「お、おい!」


 残りの3人の内、弱そうな2人は逃げ、残るは名も無き金髪イケメン君だけとなった。


「さて、お前はどうすんだ?さっきの2人みたいに逃げるか?今なら見逃してやってもいいが……」


 金髪イケメンは苦虫を噛み潰したような表情をしながら、叫ぶ。


「馬鹿にすんなよ!!テメェみたいなカスに俺が負ける訳ねぇだろ!!」


 その言葉と共に金髪イケメンが取り出したのはポケットナイフ……俺の方へ向かってくると思いきや、その矛先は天音輝夜……!!


「きゃあああ!!!」


 俺は急いで、輝夜を庇う様に輝夜の前に飛び出し金髪イケメンの方へ背中を向けながら襲い来る痛みに耐えれる様に歯を食いしばる。

 背中に何かが突き刺さる感覚と共に、鋭い痛みが背中から全身に染み渡る様に襲う。


「っっ!?……女に向けてナイフを使うんじゃねぇ!」


 痛みに耐えながら、勢い良く金髪イケメンの方へ振り向き、そのお腹目掛けて思い切り拳を叩き込む。


「ぐあっっ」


 意識を失いその場に倒れる金髪イケメンから視線を逸らし、輝夜の方に視線を向ける。


「え……あの」


 ヤバい、意識が朦朧としてきた。涙目になりながら、こちらを心配そうに見つめる輝夜を見ながら、俺はできるだけ優しそうな笑顔を作り口を開く。


「助けられて良かったよ」


 あぁ、意識が飛ぶ。後ろから「恭弥くん!?」と声が聞こえるが今は返事は出来そうにない。今はとりあえず呑まれゆく意識に身を任せる事にした。

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