ファーストコンタクト

「あのっ、生きてますかー……? ︎︎死んでますかー……?」


 かすかな、声が聞こえた。


「あ、まぶたが動きました! ︎︎生きていますね! ︎︎大丈夫ですか!? ︎︎死んじゃダメですよ! ︎︎気合いです、気合いっ!」


 やかましい声が、聞こえた。


「どうしよう! ︎︎早く病院に連れていった方がいいですよね! ︎︎よーし、運ぶぞ! ︎︎…………どうしよう、重すぎて運べませーん! ︎︎こんなことなら、普段から筋トレしておくべきでしたー! ︎︎うあああん!」


 ……泣いちゃった……。


 どこからか女の子の泣き声が聞こえてくる。その声のおかげかどうかは分からないけれど、私はゆっくりと目を覚ました。


 目を開けると、そこには女の子がいた。白い肌に、銀色の長い髪。青い瞳からは、涙がぽろぽろとこぼれていた。


「……ここは……?」


「よかった、目が覚めたんですね! ︎︎浜辺で倒れているから、てっきり水死体かと思いました!」


 浜辺……? ︎︎私は重い身体を起こした。すると、強烈な光が目に入ってくる。眩しくて、目を細めた。


 なんと目の前に広がっているのは──信じられないことに、海だった。真っ赤に燃える夕日が、海面をオレンジ色に染めている。初めて見る海に私は驚く。


「……へっ!? ︎︎ここ、どこ!?」


「デアドール王国ですよ」


「で、デア……!? ︎︎日本ですらないの!?」


 聞いたこともない国の名前に、私は開いた口が塞がらなかった。


「日本? ︎︎あの鎖国してる国ですか……?」


「もう鎖国はしてないよ!?」


 一体どういうことだろうか。私は一樹君に水の中へ落とされた。……はず、なのに。


「もしかして、ここはあの世? ︎︎そうだ、そうに決まってる。ってことは、貴方は私を迎えに来た天使なの?」


 銀髪の少女を見た。見たこともないくらい、かわいい女の子だ。天使の羽や輪っかなどはないが、ものすごく天使っぽい。


「え!? ︎︎私は天使じゃありませんよ!」


 びっくりしたような顔をした銀髪の少女は、大げさに首と両手を振った。


「そもそも、ここはあの世じゃありませんよ。貴方は生きています。ほっぺた、つねりますか?貴方の代わりに私がやりますね! ︎︎……うん、痛いです! ︎︎生きています!」


 それは夢がどうか確認する方法だし、自分でやらないと意味がない気がする。


「そっか、生きてるのか、私……」


 どういうわけかは、全く分からないけれど、私は生きているようだ。

 ふと、自分が何か握りしめていることに気がついた。蝶々のかんざしだ。一樹君が守ってくれたのだろうか?


「あの、痛いところとか、ありますか? ︎︎立てないなら、私が背負います!」


「ううん、大丈夫。自分で立てるし、びっくりするくらい元気」


 立ち上がると、着ている巫女服がずぶ濡れなことに気がついた。ぎゅっと絞ると、海水が蛇口を捻ったかのように出てくる。


「風邪を引いたら大変ですね。その、私の職場が近くにあるんです。頼りになる叔父もいますし、一旦そこにいきませんか?」


「ありがとう。……そうだ、貴方の名前は? ︎︎私、籠目千鶴」


「オリヴィアです。よろしくお願いしますね、千鶴」


 ちょっと不思議ちゃんだけど、優しい子に出会えた。分からないことだらけだけど、まずはオリヴィアの職場とやらに行ってみよう。




 ****




 ──デアなんとか王国は、とんでもない都会だった。


 パステルカラーの高い建物。ひっきりなしに走る自動車。おしゃれなワンピースを着た女性にスーツ姿の紳士。白くてもふもふした、見たこともないかわいい犬が飼い主と散歩をしている。


 なんだ、あのきゅんっとする生き物は? ︎︎村には、たぬきとクマと怪異しかいなかったぞ……?


「すっごい……。これが夢にまで見た都会というやつだよ……」


 先程、ここはあの世なのか? ︎︎なんて思ってしまった私をビンタしたい。失礼すぎるし、春媛村の方が、あの世っぽい。


「ここはデアドール王国の首都・シャムパティです! ︎︎デパートも、映画館も、美味しいパンケーキがあるカフェだってありますよ!」


「すごーい! ︎︎夢みたーい!」


「女王様が住むお城もありますし、この時期には、移動遊園地がやってくるんです!」


「素敵ー! ︎︎楽しそうー!」


「……ま、まぁ、ちょっとだけ呪われた土地なので、悪魔は出ますが、私たちエクソシストが華麗に倒しますのでっ!」


「エクソシストかっこいいー! ︎︎……んん?」


 なんだか、『呪われた土地』という聞きなれた単語と『悪魔』という架空の存在が耳に入った気がする。


「えーっと、悪魔って? ︎︎実在するの?」


 オリヴィアは、不思議そうに首を傾げた。


「日本には悪魔はいないのですか? ︎︎悪魔というのは、人間を騙して、誘惑して、危険にさらす──決して油断してはいけない存在です!」


 怪異と同じような存在なのだろうか?

 しかしなんてこった。こんなキラキラした街にも、春媛村と同じように危険に満ちているとは。


「でも、エクソシストっていう人たちが街の平和を守ってくれるんだよね?」


「もちろんです! ︎︎悪魔を倒し、街の平和を守る騎士ですから! ︎︎私もまだ見習いの身ですが、エクソシストなのです!」


 ふふん、と胸を張るオリヴィア。私と同い年くらいなのに、街のために悪魔と戦っているだなんてすごい。

 私は怪異が現れた時は、いつも逃げるか、一樹君に倒してもらうかだった。

 いざという時は塩をまいたり、近くにあった物で殴っていたが、あまり効果はなかった。


「オリヴィアってかっこいいね。私も戦えることができたらなぁ……って、何あれ?」


 建物と建物の間の隙間を指さした。そこには、蜘蛛の巣が張ってある。ただし、普通の蜘蛛の巣と違い、サイズがやたらと大きい。

 さらには、人間の目のようなものが背中にたくさんある蜘蛛がいる。サイズもサッカーボール程の大きさだ。


「──ひゃっ! ︎︎悪魔です! ︎︎街の中に堂々と現れるだなんて!」


 千鶴は下がっていてください! ︎︎と言われたので、すぐに蜘蛛の悪魔から距離を取った。まさか、さっそく出くわすとは。

 もしかして、デアドール王国は、春媛村と変わらないくらい怪奇現象に悩まされているのでは?


 オリヴィアは首から下げていた青い宝石のペンダントを握りしめた。


「『ステラ・クラウン』──発動!」


 すると、ペンダントが光った。みるみるうちに、光が大きくなり、やがて大きな杖へと変化したではないか。

 杖の先端には天球儀のようなものがあって、くるくると回転していた。


「すごいっ! ︎︎魔法の杖!?」

「私、こう見えても魔術師でもあるのです! ︎︎よーし、今こそ修行の成果を見せる時です!」


 オリヴィアは杖を悪魔に向けた。心臓がドキドキする。魔法の杖だなんて漫画でしか見たことがない。とんでもないビームなんかが出てくるのだろうか? ︎︎なんてワクワクしていると……。


「……あれ!? ︎︎必殺のオリヴィア光線が出ないです!」


 ────何も起こらなかった。


 嘘でしょ!? ︎︎ここに来て不発なの!?

 オリヴィアが「あれー!?」と杖を顔に近づけると、いきなり杖が強烈な光を放った。


「目ッ、目が〜!」


「自分で自分を攻撃してどうするの!?」


 すると、蜘蛛の悪魔から白い糸が、オリヴィアに向かって発射されたではないか。私は慌ててオリヴィアを突き飛ばす。


 白い糸が着弾したレンガのタイルは、驚くことに溶けている。あれがもし、当たっていたら……と考えるとゾッとした。


 ──どうする、私!


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