せめて、そばに

「うあああーッ! ︎︎やだやだ死にたくなーい!!」


 目が覚めると、見知らぬ洞窟のような場所にいた。

 松明の火があちこちにあって、洞窟の中は明るいが、ひんやりとした空気に背筋が凍りそうだ。


「千鶴さん、ここは神様の領域じゃ。騒いではいけないぞ」


 村長の声が洞窟内に響く。

 後ろにいるお面男たちが、二人同時にうなずいた。

 私の背後には、決して浅くはないであろう地底湖がある。絶対、ここに沈められる……!!

 地底湖に沈められた私が死ぬことによって、神様に捧げられたことになるのだろう。


「騒がずにいられるかーっ!」


 いつの間にか、私服から巫女服に着替えさせられていて、『いつでも生贄にする準備は万全です!』という状態だった。


 もう終わった。村長はまだしも、大人の男性二人から逃げられるとは思わない。

 こうなったら全員道ずれにしてやるか? ︎︎なんて考えていた、その時。


「村長、大変ですよ。──『悠久桜』が燃えています」


 一樹君の声が響いた。声の方向──洞窟の入口らしき場所に、一樹君がいつの間にか現れていた。

 村長は一瞬、ポカンという顔になったが、みるみるうちにシワだらけの顔が真っ青になっていく。

 ……っていうか!


「『悠久桜』が燃えてるじゃとうー!?」

「『悠久桜』が燃えてるのー!?」


 村長と私の声が、見事に重なった。


「今、村の者全員で消化活動をしていますが、全く追いついていない状態です」


「それは大変じゃ! ︎︎『儀式』は中止して、まずは火を止めねばならん! ︎︎一体、誰がこんなことをしたのじゃ……!!」


「さぁー? ︎︎誰でしょうねー。村長、さっさと『悠久桜』の元へいってください。村の者たちに指示を!」


 大変じゃ! ︎︎とパタパタと走り去っていく村長。お面男たちも、村長の後ろを追いかけて行った。


 一気に静かになる洞窟内。私は一樹君の方を見た。


 ──火、つけたの絶対お前だろ。私の目は誤魔化せないぜ。


「『こんな狂っている桜の木なんて、いっそ燃やした方がいいかもしれないな』とか、危ない発言をしていたけど……ついにやってしまったのね、一樹君……」


 ちょっとヤンチャなことをしてみたいお年頃なの……? ︎︎と聞くと、一樹君は『本気で言ってる?』と言わんばかりに笑った。ただし、目は笑っていない。


「あっ、もしかして。私を助けるために嘘をついたとか?」


 村の大切な『悠久桜』を燃やすなんて、一樹君がするようには思えない。


 村長たちを遠ざけるために嘘を言ったのだろうか?


「いや、本当のことだよ。しかもただの火じゃなくて、呪術でつけた火だから簡単には消せないと思う」


「どうしちゃったの一樹君!? ︎︎誰かに脅されて、仕方なく火をつけたとか!?」


「まさか、自分の意思だよ」


「なんでそんなこと……」


 沈黙が続いた。一樹君は答える気がないようだ。


「本当は切り倒したかったんだけど……」


 しばらくすると、ようやく一樹君は口を開いた。


「えっ、き、切り倒す……?」


「幹があまりにも太いから、諦めた」


「そ、そうだろうね」


 どうしちゃったんだろうと心配していると、一樹君が目の前にやって来た。私の手を取ると、そっと何かを置いた。


「蝶々のかんざし?」


「お守りってところかな。ちゃんと持っていなよ」


 一樹君は私の目をまっすぐと見つめてきた。そんなに見つめられると照れるし、なんだか恥ずかしい。なんだ、この空気は。心臓がバクバクする。まさか、一樹君、私のこと──


「──よし、今から千鶴のこと、『あっちの世界』に突き飛ばすから。ほら、空気吸って。途中で死なれちゃ困るからね」


「……はい?」


 一樹君の言っていることが何も分からない。『あっちの世界』ってなんの事? ︎︎あの世のことじゃないよね?


 脳内にはてなマークしかない。しかし、考えている暇もないまま、ドンッと勢いよく両肩を押された。

 後ろには、深い地底湖。落ちる私。笑顔の一樹君。


「うっ、裏切り者ぉぉぉ! ︎︎化けて出てきてやるからなぁ! ︎︎夜道には気をつけろ!」

「『悠久桜』の呪いも、あっちの世界までは追ってこないだろう。──またね、千鶴」


 だから、何言ってるのか全く分からない!

 勢いよく突き飛ばされた私は、暗い水の中に落ちていく。

 上にもがけばもがくほど、酸素が抜けていく。ずしりと思い巫女服は、私を水の底に連れていくようだった。


 息が苦しくなって、死を意識した、その時。

 身体、というよりは空間そのものが、ぐるりと回転したような感覚に襲われた。怖くなって、蝶々のかんざしを握りしめる。

 ──一樹君がくれたお守りなら、私を守ってくれるような気がした。


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