第37話 淡い恋慕は



 その日の朝から街は大変な騒ぎだった。

 広場には大がかりな警備体制が調えられ、飛竜の為の駐屯場所が設けられた。


「すっごい人だかりだな」


 西の国の人間には飛竜を見るのは稀な事で、一度見てみたいと言う好奇心からか、野次馬的な人だかりが広場を囲んで出来ていた。

 おかげで、ただ通行したいだけのライリースとアルシーヌは思うように歩けないでいた。


「本当に」


 早くここから立ち去りたいのに。

 アルシーヌの気持ちをよそに野次馬は数を増すばかりだ。

 到着は昼過ぎって話だから、それまでには抜けれるだろうけど。

 しかしアルシーヌのそんな思いは、数分で裏切られる事になる。






「殿下、あれを!」


 前方を飛ぶタイガが指をさす。

 港を有するなだらかな平野に広がる城下町。

 各国との貿易が盛んで、物資が豊富な西の国を象徴するように、街並みや建物もなかなかに凝った様相だ。


「富める西…か」


 気候が穏やかで、作物が豊かで資源の多い西は、それ故に昔から他国からの侵略を受ける対象となった。もちろん他国と言う表現の中に南の国も含まれている。

 その為に西は騎士の国として武力を重んじる傾向が強い。騎士道を重んじる所は総じて縦社会が強く伝統も重んじるものだ。

 これから形式ばった挨拶やら行事が続く事の想像は容易にできて、ややうんざりとした気分になる。

 確かに形式や伝統が効果的な役割を果たす場合がある。

 だから否定はしないが、それが好きな人間もいれば嫌いな人間もいるわけで、どちらかと言えばレンは後者に属していた。

 あっと言う間に市街地の上空に差し掛かる。


「あの広場だな」


 人だかりが四角く囲んでいるおかげで、広場がぽっかりと開けていて、良い目印になっていた。


「予定より早く着きましたね」


 隣を並走する騎士が言うのに頷くと「タイガ、降りるぞ」前方のタイガに声を掛けた。

 タイガは街を見下ろし確認を取ると、普段の寡黙さからは想像つかない位の大きく通る声で指示を出す。


「右に旋回、広場西側から着陸に入る!」


 市街地は西側に港があり、ややそちらに向かって傾斜している為に、建物の屋根は西側が一番低いのだ。

 群衆から歓声が上がる。

 そして竜騎士団は風を受け、次々と見事に着陸をした。


 翌日の新聞にはこう記された。

 その姿たるやまさに竜王の末裔であり、また、整然とした飛行はたった十騎であるにも関わらず、南の国の強大な軍事力と統率力を見せつけられた。…と。






 全くの立ち往生の中、突然、群衆がわぁっと声を上げた。

 南東の空を振り仰ぐと、浅黄色の空に黒い影が点々と、やや上下に揺れて現れた。

 影は数を増し、徐々にその形を露にしていく。

 飛竜だ。

 予定より随分と早い到着に、配置に付けていない衛兵達が慌てて持ち場に走って行く。


 アルシーヌは外套のフードを目深に被って空を仰いだ。

 目で竜の数を追う。

 十騎だ。

 前衛に二騎、次の三騎は真ん中の竜の鞍飾りが他と違う事から王子だろう。

 その後ろの三騎は積み荷が多いから輸送目的の竜騎で、更にその後ろに後衛の二騎。


 たちまちの内に指の第一関節程の大きさから手の平の大きさまで近づいてくる。

 緋色の髪が風になぶられ、マントが翻った。

 近付くにつれて姿形がはっきりしてくると、女子達の黄色い声があがる。噂通りの美青年と言った所だ。


 ……レン。


 アルシーヌは風に煽られない様にフードを手で押さえて見上げ、他の竜騎兵の面々を視線で巡った。

 その中に背の高い双子の片割れを見つけて、見覚えのある他の騎兵達が、竜騎士団の左翼の騎士達である事を思い出した。

 と言う事は、右翼のテンガの一団は待機か。

 順々に降り立つ竜の翼が巻き起こす風圧に人々は身構えた。

 騎乗したままのレンが周りを窺う様子を見て、アルシーヌは少し体を固く緊張させた。

 視線がぶつかった気がして、思わず顔を伏せてから、小さく吐息を漏らした。

 馬鹿だ。こんな群衆の中で見つかるわけがない。

 ライリースがアルシーヌの肩を叩く。


「行こう」


 気付けば群衆が広場に寄り集まった為に、後ろ側の道の人垣がなくなって開けている。


「ああ…」


 ちらりと緋色を目に止めて、そして背を向けた。

 ちょっとでも気付くのではないか、見つけてくれるのではないかと期待していた自分に、馬鹿だなあ…と少し落ち込んだ。

 そうだ、期待していたんだ。

 運命みたいな事柄の期待など裏切られる事が分かっているから、姿を見ることを恐れたのだ。

 きっと見つかるのが怖いわけじゃない。


「馬鹿だなあ…」

「ん?」


 余程、酷い表情をしているのだろうか。ライリースはシュンとした子供をあやすみたいにクシャクシャとアルシーヌの髪を撫でまわした。


「あれが南の王子か」

「…ああ」


 ライリースの視線の先を追ってアルシーヌはぼんやり返事を返した。


「オレの……兄」

「……」


 一瞬、驚いた顔をしてアルシーヌを見て、再びレンを遠目に見ると目を眇めた。


「……俺の方が良い男だ」


 虚を付かれたような気がして、アルシーヌはライリースを見る。

 ライリースはどこか得意そうにニヤリと笑みを浮かべた。


「…は…っ、はははっ!」


 アルシーヌは力が抜けたように笑った。


「そうかもな!」


 ライリースの大きな手の平がアルシーヌの頭を包むように触れた。


「行こうぜ」

「ああ!」





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