第38話 届くことなく
レンは周りを見渡して、群衆の中に一際目立つ金髪を見つけて視線を留めた。
かなりの長身と見事な金の髪は太陽を浴びて輝いて、やたらと目を引く。
ランの報告では、金髪の男と同行していると聞いたが…。
金髪の隣にはフードを被った人間がいるが、連れだろうか。
見た所、金髪は自分と同じくらい190センチに満たない位の長身だ。それと比較すると、170センチを超えた位に見える。
身長からすると男だろう。
「違うか…」
一年ほど前に分かれたアルシーヌは160センチに届くかどうかの少女だった。いくら成長期とはいえ、そこまで伸びるとは思えないが、ラーニアの報告には身長までは無かったから分からない。
……だが他にそうそういるだろうか。あんな金髪が。
そう思い直して再び振り返った時には二人の姿はもうなかった。
「殿下」
竜から降りたタイガがレンを呼ぶ。
見れば迎えの馬車が広場に入る所だった。
飛竜から降りてレンはタイガと並んだ。
「国王との会談は明日だったな」
「その予定です。明日はそのあと法王とも会談があり、夜に諸外国からの使者を含めた舞踏会の予定です」
「なら、さしづめ今日は宰相の出迎えといった所だな」
使者が馬車から降りていそいそと二人の前に歩み寄り一礼すると、やや上擦った声で挨拶を述べた。
「レン殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じたてまつります。遠路はるばるお越し下さりまして誠に恐悦至極に存じたてまつります」
たてまつってはたてまつって、仰々しく再び頭を下げた使者は、頭を上げるか上げないか位で、
「城にご案内致しますのでどうぞ馬車へ」
と、促した。
「使者殿」
レンに声を掛けられると思っていなかったのか、慌てふためいて使者は振り返った。
「は、何でしょう」
「従者に馬を用意して頂きたい」
「はあ」
「タイガ、人数はお前に任せる」
タイガは胸に手を当て、やや礼の形を取った。
「では馬は五頭お借りしたく存じます」
「使者殿、よろしいか」
「は…、では広場の警備の者からすぐに用意させましょう」
使者が衛兵に声を掛けると程なくして、五頭の馬が引かれてきた。
その間に飛竜の元に残る四人に指示を出し、贈り物やら荷物やらが荷馬車に積まれた。
「殿下、私は馬車のすぐ隣に控えますので」
「ああ、そうしてくれ。……では使者殿、参ろうか」
「ははっ…」
馬車の上座にレンが座り、下座に使者が座ると一行は城に向かって馬を歩かせた。
「タイガ様、殿下なら護衛の数はそんなにいらないのでは」
「確かに、殿下の武勇武芸に敵う人間は少ないだろうが、形だけでも寝所やら警護がなくてはならないだろう」
それすら邪魔だと言われそうだが。
馬車の中では沈黙に耐えられない使者があれやこれやと話をしていた。
「殿下、あれに見えますのは…」
取り立てて面白くもない話に相槌を打つものの、右から左へとただ抜けて行くだけだ。
あまり上の空ではバツが悪いから、使者の話に合わせて窓の外を眺めて見せる。
すると先程広場で見た金髪がフードの人間と連れだって歩いているのが目に入ってきた。
何やら楽しそうな様子で金髪が話かけている。フードの人間は暑そうに胸元を摘んでパタパタと風を服の中に送って、それを見た金髪が柔らかく笑って、フードを外した。
栗色の髪、か…。
何気なく見ていたその人間の横を馬車が通り過ぎる。
後ろ姿は次第に斜めに見え、そして横顔へと見え方を変えた。
「…!」
アルシーヌ!
レンは座席から勢いよく立ち上がった。
馬車は二人を追い越して、見る見る距離は離れて行く。
「ど、どうかなさいましたか?」
使者は自分の言動が気に障ったのかと内心びくびくしながら尋ねた。
「……いや、申し訳ない。……あの建物はなんだったか」
使者は布で額を拭って「あ、あれは…」と少しどもりながらも説明を始めた。
馬車の揺れに気付いたタイガが馬を走らせて馬車に並んで、拳で二回ノックした。
「殿下、何かありましたか」
小窓をずらしてレンは顔を覗かせると、短く命じた。
「何でもない。下がれ」
何でもない。
レンの頭の中で、最後に別れた時、見開いた瞳で自分を見つめる顔と、今しがた見た笑顔が交錯した。
小さく口の中で舌打ちをする。
『殿下と同じくらいのイイ男らしいわよ』
不意にラーニアの言葉がよぎった。
「ふん……俺の方が良い男だな」
「は?何か?」
「ああすまない。独り言ゆえ気になさるな」
「はあ…」
本日、この短い間に何度目かになる額の汗を使者は布で拭うのだった。
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