第2話 急使02

「帝都からの風聞ふうぶんだと……リリー殿下は絶世の美女だが、かなりの我がままらしいぜ」

「我がまま?」

「ああ、自由奔放で恋多き女らしい。大貴族や大商人の息子を相手に浮名うきなを流し、男たちから領地や財産を根こそぎ巻き上げるんだってよ。で、すべてを手に入れたら簡単に捨てるそうだ」

「……」



 ジョシュはレインの忠臣であることを誇りにしている。嘘などつけず、伝え聞いたことをそのまま話した。だが、レインにしてみればいきなり悪評を聞いたことになる。難しい顔をして黙りこんでしまった。


 三人の間に気まずい空気が流れるとジョシュはちらりとダンテへ視線を送る。そして、「お前からも説明しろ」と目で催促した。ダンテは小さく頷き、淡々とした口調で語り始める。だがダンテもダンテで、知っていることを包み隠さずに話した。



「リリー殿下に翻弄されて滅んだ家名も多数あるそうです。男たちから奪い、破滅させる……そこから『国をかたむかせるほどの美女』……『傾国姫けいこくき』という異名いみょうがつきました」

「……」



 二人の話を聞いたレインの表情は曇るばかりだった。すると、いたたまれなくなったジョシュが口調を変え、わざとらしく感心する。



「でもよ、『傾国姫』って異名を付けた奴は勇気があるよな。断頭台だんとうだいつゆと消えてもおかしくない」

「ジョシュ、あなたも消えてみますか?」

「あ? 俺が消えたら苦労するのはダンテ、お前だろ」

「まあ、確かにそうかもしれませんね」



 いつもは冷静なダンテが苦笑するとジョシュもにやりと笑みをこぼす。二人とも重くなった雰囲気をやわらげようとして軽口を叩いていた。そんな二人の気づかいを知るレインは、

 


「いい噂はないのか? 僕のだぞ」



 と、苦笑いを浮かべる。『結婚相手』という言葉にジョシュとダンテが驚いた表情をみせた。ジョシュが眉間みけんに皺をつくりながらレインへ尋ねる。



「お前、リリー殿下と結婚するのか?」

「ああ。父上と母上も認めている」

「それは、そうかもしれないが……お前はそれでいいのかよ?」

「すでにガイウス大帝の勅命も下ったんだ。今さら断れない……」



 レインの決断は早かった。結婚に納得しているわけではない。そもそも、レインは結婚を『共に愛をはぐくみ、手を取り合って未来へ歩むもの』と考えている。できることなら自分で相手を探したかった。だが……。


 レインはすでにウルドという祖国を強く愛している。神聖グランヒルド帝国の領邦国家りょうほうこっかにすぎないウルド国が生き抜いていくためには、皇帝の意向に逆らわないことが先決だった。父ロイドの『ウルドの未来を考えろ』という言葉がすべてを示唆している。



「政治や権力が背景にある結婚なんてめずらしくない。それに、僕が神聖グランヒルド帝国の皇統につらなれば、ウルドの未来は安泰だ」

「ウルドは安泰かもしれないけどよ、リリー殿下は……」



 ジョシュはなおも食い下がる。レインは眉をひそめると困り顔のまま笑った。



「噂は噂だろ? 会ってみるまでリリー殿下がどんなひとかはわからない。結婚する以上は精一杯、愛してみるよ。それが……」



 レインは強くなった陽射しに目を細めながらウルド砂漠を見渡した。そこには真っ青な空と真っ白な大地が果てしなく広がっている。



「ウルドのためだ」

「「……」」



 レインはウルドのことしか考えていない。純粋な男だな……と、ジョシュとダンテは思った。その分、主君として仕えがいがあり、幼馴染の親友として尊敬できる。



「そうと決まれば……レイン、ジョシュ、これから忙しくなりますよ!! 何しろ、神聖グランヒルド帝国の皇女を迎えなければならないのですから!!」

「そうだな。派手に出迎えて、ウルドの気概ってもんを見せてやろうぜ!!」



 めずらしくダンテが気勢を上げるとジョシュもすぐに応じる。意気投合した二人はレインを差し置いて歩き始めた。レインは頼もしい副官たちの背中を見つめていたが、ふと、もう一度だけ空を仰いだ。



──リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤ……いったいどんなひとだろうか……。



 空は依然として抜けるように青く澄み渡っている。レインはまだ見ぬ花嫁を想いながら白い砂を踏みしめた。

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