第3話 出陣

 レイン、ジョシュ、ダンテは砂丘のふもとに軽騎兵たちを集めた。三人は砂丘の中腹に立ち、まずはジョシュが大声で呼びかける。



「みんな、よく聞いてくれ!! 俺たちの統領、レイン・ウォルフ・キースリングの結婚が決まった!!」

「「「!!!!」」」



 突然のことに軽騎兵たちは驚いて顔を見合わせる。ジョシュは動揺する軽騎兵たちを見回しながら不敵な笑みを浮かべた。



「いいか、結婚相手の名前を聞いて気おくれするんじゃねぇぞ。お相手は神聖グランヒルド帝国、皇位継承権第5位の皇女。リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤ殿下だ!!」

「「「!!!!!!」」」



 軽騎兵たちは誰もが目を丸くして息をむ。『レインが皇女と結婚する』という事態を理解できずに戸惑っていると、今度はダンテが声を張り上げた。



「我々はリリー殿下をお迎えする大役を仰せつかりました!! ウルド砂漠東の玄関口、ダルマハルまで出向いてリリー殿下をお迎えいたします!!」



 ダンテは軽騎兵たちを見渡しながら続ける。



「これからウルド砂漠の各都市へ伝令を飛ばし、大急ぎで兵を集めます!! 騎兵や歩兵はもちろん、戦列艦せんれつかんといった砂船すなぶねも集めます!!」



 ダンテの呼びかけにジョシュが大きく頷く。ジョシュはレインを横目で見ながら一瞬だけニヤリと笑い、力強くこぶしをかかげた。



「いいか、みんな!! みすぼらしい陣容だとレインどころかウルド国も笑われちまう!! あっと驚くような陣立てで出迎えてやろうぜ!! 帝都グランゲートの連中を驚かせてやるんだ!!」

「「「おお!!」」」



 軽騎兵たちはやっと声をそろえた。『俺たちのレインが皇族になる』と理解して顔を紅潮させている。熱気が高まると最後にレインが一歩進み出た。



「みんな、この結婚はガイウス大帝の勅命でもある。きっと、婚礼には帝国中から皇族、大貴族、藩王たちが集まってくる。父上と母上……いや、藩王はんおうロイドとサリーシャ将軍に恥ずかしい思いをさせたくない。もちろん、君たちの家族、友人、恋人にもだ。どうか、僕に力を貸してくれ!!」

「「「レイン、レイン、レイン!!」」」



 レインが頭を下げると軽騎兵たちは拳をかかげながら歓声で応じた。


 軽騎兵たちはレインと同年代の若い兵士たちで構成されている。それは、レインの父ロイドが『次代じだいになうレインには次世代じせだいの俊英たちを仕えさせる』と考えたからだった。


 かつて、若かりしころのロイドも同年代の若者たちと軍団を組織し、やがては『砂漠の狼王ウルデンガルム』と呼ばれるまでになった。しかし……。


 レインは父ロイドと違って気の優しい温和な青年だった。武芸は一通りこなすが、いくさよりも詩歌や剣舞を好む。読書好きだが戦史せんしや兵法書よりも古代史や恋愛小説を好んだ。悪く言えば、青年特有の野心や覇気がない。今だって動揺を押し殺すことで精一杯だった。



──恋愛経験すらない、愛を知らない僕に結婚ができるのだろうか……。



 レインの不安は尽きない。それでも、迷いを振り払うように帯剣を抜き、空へ高々とかかげる。つるぎが太陽の光に煌めくと目を細めて天狼星てんろうせいの輝きを思い浮かべた。天狼星は太陽を除けば最も明るい星で、ウルド国では護国の神獣『神狼ガルム』が住むと信じられていた。



──天狼星に住まう神獣『神狼ガルム』よ……。



 太陽の輝きに隠れてはいるが、『神狼ガルム』は今も必ず見守ってくれている。乾いた風、照りつける陽射し、そしてつるぎの感触……レインは身体中の感覚を研ぎ澄ませて『神狼ガルム』の気配を探した。



──どうか、僕たちを見守りたまえ。



 レインは剣を握る手に力をこめて振り下ろす。剣の切っ先は空気を切り裂いて地平線の彼方を指した。



「ウルド国、藩王ロイドの息子レイン。ここに、リリー殿下奉迎ほうげいの出兵を命じる!! ウルドの狼たちよ、砂漠を駆け抜けろ!!」

「「「おお!!!!!!」」」



 レインが命じると誰もが勇ましく答えて目を輝かせる。みなみな、『帝都に俺たちの実力を見せてやる!!』と気概に満ちていた。血気盛んな狼たちはジョシュやダンテの指示のもと馬を駆って陣を飛び出してゆく。


 やがて、ウルド砂漠の各都市へおもむいた使者は、



「ウルド国開闢かいびゃく以来の栄誉。レインが神聖グランヒルド帝国の皇女、リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤ殿下と結婚いたします。つきましては、リリー殿下奉迎ほうげい儀仗兵ぎじょうへいを出兵されたし!!」



 と、熱意にあふれる口調で口上を述べた。各都市の城主は「まさか!!」と驚き、食い入るように使者の言葉に聞き入った。「信じられぬ……」というのが、城主たちの本音だった。


 ウルド国は神聖グランヒルド帝国を形成する領邦国家りょうほうこっかのなかでも強国だが、帝国内においては『帝都から遠く離れた辺境国家』と見る者も多い。


 特に帝都グランゲートでは「ウルドなど野蛮な狼の巣。戦争だけの国であろう」とあなどる大貴族が多かった。だからこそ、城主たちにとって皇女リリーの降嫁こうかは一大事だった。



「我らが藩王、ロイドさまのご子息が皇女殿下と結婚なさるとは!! ウルド国が皇統に連なれば帝都のやつらも大きな顔をできぬぞ!! なんとめでたいことか、すぐにでも駆けつけましょう!!」



 事情を知った城主たちは息巻いて出兵を快諾した。



×  ×  ×



『レインがリリー殿下と結婚する!!』



 その一報はまたたく間にウルド砂漠を駆け巡った。人々は熱狂して協力を惜しまない。ダルマハルを目指すレインの軍勢は日を追うごとに膨れ上がっていった。


 砂漠を駆け抜ける騎兵は砂嵐のように砂塵さじんを巻き上げ、陣太鼓に合わせて行進する歩兵はおびただしい軍旗で砂漠を覆い隠す。交易都市ダルマハルが見えてきたときには、軍勢が3万を超えようとしていた。



「新しく来た軍は行軍の最後尾につけさせろ!! ただ、騎兵だけは機動展開させてレインのいる先頭集団に加えるんだ!!」

「「「はっ!!」」」



 ジョシュが命じると指揮下の部隊長たちは馬上で一礼して駆け去ってゆく。ダンテもダンテで、



「戦列艦は行軍の両翼を進ませるのです!! 船速を緩めて行軍に速度を合わせてください!!」



 と、的確に指示を出す。ジョシュとダンテは集まった歴戦の将軍たちが唸るほどの指揮ぶりだった。レインも集まった大軍に動じず、先頭になって堂々と馬を進めてゆく。やがて、延々と続く白い砂丘の向こうに城塞らしき建物が見えてきた。



──もうすぐダルマハルだ……。



 ダルマハルにつけばリリーと謁見することになる。レインは手綱たずなを握る手がいつになく汗ばんでいる気がした。

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