第4話 ダルマハル
交易都市ダルマハルは白い砂が
レインはダルマハルが見えてくると進軍を止めた。そして、ジョシュやダンテといった側近だけを従えて城門へ向かう。すると、呼応するかのように城門から騎兵を従えた男が出てきた。男は老齢だが
「レイン・ウォルフ・キースリング!! 我が
男は大声で問いかけてくる。ジョシュとダンテは驚いた様子で顔を見合わせるが、レインは全く動じなかった。
「ハイゼル将軍、これは軍旅ではない!! リリー殿下
レインが堂々と答えると突然、ハイゼルの
「若君、お久しぶりでございます。久しく会わぬ間にだいぶ口達者になられましたな」
「あまりからかわないでください。……将軍はお元気そうで何よりです」
かつて、ハイゼルはレインの
「最近は甲冑も重く感じるようになりました。ウルドの狼も老いれば足弱の老犬となり果てます」
「何をおっしゃいますか。将軍にはまだまだ現役でいてもらわなければ困ります」
「なんと。若君はこの老体に『まだ働け』とおっしゃるのですかな」
そう言いながらもハイゼルは柔らかな笑みを浮かべる。幼いころのレインには戦闘訓練で相手を気遣ったり、狩りで獲物の命を奪えない一面があった。
昔はそんなレインを『弱肉強食のウルド砂漠を治めていくには優しすぎる』と心配したものだが、それが今や大軍を率いて目の前にいる。これほど嬉しいことはなかった。
「それにしても、短期間でこのような大軍を編制なさるとは……さすがは『
『レインが皇女リリーと結婚する』という事情はハイゼルも知っている。ハイゼルが褒め称えるとレインは少し困ったように視線を落とした。
「突然の出兵要請でしたが、各都市の城主たちは
「さようですな。ウルドの名誉も保たれましょう」
「すべて父の威光です。父やあなたがウルドのために血を流してくれたおかげで、これだけの兵が集まってくれました。感謝するばかりです」
レインはどこか寂しそうで『僕の力ではない』とでも言いたげだった。
──もっと胸を張ってよいものを……若君のご気性は変わらぬな。
謙虚に振る舞うレインを見ながらハイゼルは角ばった顎をなでた。あらためてレインの軍勢を眺めてみると、騎兵、歩兵、
──急造の軍隊をここまで統率するとは、よほど優秀な副官がいるに違いない。
ハイゼルはレインの後ろで待機するジョシュとダンテを一瞥した。二人とも会話を邪魔しないように控えているが、緊張感だけは保ってレインの一挙手一投足に気を配っている。
──よい部下を持たれた。若く強い狼たちに慕われるのなら……やはり、若君も『
ハイゼルにはレインの姿が若き日のロイドと重なって見える。思い出を懐かしむように目を細め、満足そうに頷きながらレインをダルマハルへ誘った。
「若君、どうぞダルマハルへ!! 大軍の駐留には
「ありがとうございます」
レインはジョシュとダンテへ振り返り、目で合図を送る。二人はレインへ頷き返すと声をそろえて指示を出した。
「「進軍再開!! ダルマハル城外にて陣を張れ!!」」
「「「畏まりました!!!!」」」
側近の部隊長たちはすぐに馬を駆る。やがて、陣太鼓の打音が空気を震わせると兵士たちは再び行進を始めた。
× × ×
照りつけていた太陽が地平線の彼方に沈み、砂漠に夜の
酒宴が熱を帯びてくると、宴席は「リリー殿下はなぜレインさまを結婚相手に選んだのか?」という話題で持ちきりとなった。興味本位の質問にレインは「僕には
「ちょっと失礼いたします」
レインが席を立つとジョシュやダンテも席を外そうとする。レインはそんな二人を制して酒席を抜け出し、そのままふらりと城壁へ向かった。城壁には数人の衛兵がいるだけで、
──みんな、リリー殿下が気になるのだな。……それにしても、少し飲みすぎた。
大きく伸びをすると涼しい夜風が頬をなでる。どこからともなく、弦楽器を奏でる音も聴こえてきた。帝都の宮殿を連想するような優雅な旋律だった。思わず耳を傾けていると突然、背後から呼びかけられた。
「若君」
レインが振り向くとハイゼルが立っている。
「臣下たちの無礼、どうかお許しください。無用な詮索をいたしました……」
「僕なら大丈夫です。リリー殿下はお噂の絶えないお方。仕方ありません」
「
ハイゼルは神妙な
「それにしても、ダルマハルは美しい街ですね。煌びやかで、賑やかで……」
「お褒めいただき光栄です。しかし、藩都ウルディードと比べれば些細なものでしょう」
「……そのウルディードも帝都グランゲートと比べれば霞んでしまいます」
「……」
レインは思うところがあるのか、含みのある言い方をする。ハイゼルが言葉を待つとレインは思い切って正直に尋ねた。
「リリー殿下はウルドを好きになってくれるでしょうか?」
「ははは。それは、わかりませぬ……若君はリリー殿下のことが気になるのですな?」
「はい。僕は『
「ほう……」
ハイゼルは静かに微笑みながら設置された長椅子へ腰を下ろす。そして、レインにも隣へ座るように促した。
「少し昔話をしてもよろしいですかな? 藩王ロイドさまと奥方サリーシャさまについてでございます」
「父上と母上の? ……わかりました」
レインが座るとハイゼルは「コホン」と咳ばらいをして語り始めた。
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