第2話 急使01

 騎馬隊は白い砂煙を巻き上げて陣へすべりこんでくる。先頭を駆る男は黒い長髪を風になびかせる美男子で、陣内へ入るなり軽騎兵たちに向かって声を張り上げる。



「レイン・ウォルフ・キースリングさまは在陣なさっているか!?」

「はい!! こちらにいらっしゃいます!!」



 軽騎兵の一人が答えると男は軽快な動作で音もなく馬から降りる。そのまま砂丘のふもとまで案内されると、焚火のそばでレインとジョシュが待ち受けていた。



「よお、誰かと思えばダンテじゃねぇか!!」 



 ジョシュは嬉しそうに男へ近づいて力強く抱擁をかわした。男の名前はダンテ・カインハルト。彼もまたレインの幼馴染で、普段はジョシュと共にレインの副官を務めている。今回は外征に参加してそばを離れていた。



「お前、ロイドさまと一緒じゃないのか?」

「ええ。一緒に帝都に滞在していましたが、急使として先発しました」

「お前が急使? ペテロ爺さんが腰でもやったか?」

「ふざけている場合ではありません」



 ダンテは軽口を叩くジョシュからレインへ視線を移した。



「レイン、お久しぶりです。ダンテ・カインハルト、ただいま戻りました」

「お帰りダンテ。無事で嬉しいよ」



 レインも微笑みながらダンテと抱擁をかわす。そして、まずは用向きを尋ねた。



「それで、いったい何があった? 父上と母上に何かあったのか?」

「いえ、ロイドさまとサリーシャさまはご壮健であらせられます。このたびは親書を持ってまいりました」

「親書? 僕に?」

「はい、さようでございます。これをご覧ください……」



 ダンテは懐から封筒を取り出してレインに手渡す。確認してみると封蝋には『翼竜よくりゅう』の印璽いんじが使用されていた。『翼竜』の紋章は皇族のみに使用が許されている。レインはギクリとしてダンテを見た。



「これは皇族から……?」

「はい。ガイウス大帝からの親書でございます」

「「ガイウス大帝!?」」



 親書は神聖グランヒルド帝国の現皇帝、ガイウス大帝からだった。レインだけでなく、隣ではジョシュも驚いている。レインは手紙に拝礼すると、帯剣に付属する小刀こがたなで封蝋を取って手紙を読み始めた。



『藩王ロイド・ウォルフ・キースリングの息子レイン・ウォルフ・キースリング。貴公の才気煥発さいきかんぱつなる噂、ウルド砂漠を越えて帝都まで響く。の孫娘リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤは貴公を強く慕うものなり。余はリリーの心情とウルド国の繁栄を願って二人の婚礼を決断す。しかれば、一軍を率いてリリーを出迎え、すみやかに挙式せよ。余も藩都はんとウルディードへおもむき、二人の門出を祝福するであろう。神聖グランヒルド帝国の威信を示せ』



「……」



 親書を読み終えたレインは足元がぐらつくのを覚えた。突然のことで何が何だかわからない。すると、そんなレインを見てジョシュが顔をしかめる。



「どうした? 何て書いてあるんだ? 出征命令か?」

「いや……結婚しろって」

「ふうん。結婚ねぇ……結婚!?」



 ジョシュは驚いてレインを二度見する。



「いったい誰とだよ??」

「リリー・ルキウス・グランヒルド・フレイヤ殿下と……」

「リリー殿下!? ガイウス大帝の孫じゃねぇか!!」



 ジョシュは大きく目を見開いたまま固まってしまった。レインはうなずきながらダンテの方を向く。



「ダンテ、これは……」

「そのままです。リリー殿下がレインとの結婚をお望みになり、ガイウス大帝はお許しになられました」



 ダンテが神妙な面持おももちで答えるとジョシュが口を挟んでくる。



「おいおい、ダンテ。リリー殿下ってアレだろ? 男を取っかえ引っかえしてるとかいう……」

「ジョシュ!!」



 ダンテは鋭い口調でジョシュを制し、周囲を気にしながら注意する。



「口を謹んでください。誰が聞いているかわからないのですよ」

「ここには密告するヤツなんかいねぇよ」

「そういう問題ではありません」

「じゃあ、どういう問題なんだよ。お前は心配しすぎなんだって」

「ダンテ、ジョシュ、三人で話そう。少し歩こうよ」



 レインは見かねて二人の背中を押す。そして、歩きながらことの経緯いきさつをダンテに尋ねた。



「いったい、どうして僕が選ばれたんだ?」

「それはわかりません。リリー殿下の二十歳を祝う祝賀会で突然、殿下本人がレインとの結婚を望まれたのです」

「リリー殿下が僕を……」

「はい。殿下はロイドさまとサリーシャさまにもご挨拶なされました。そのおり、サリーシャさまは家宝の短剣を殿下へ献上なさったそうです」

「母上が……父上はなんと言っている? 書状はないのか?」

「書状はございません。ですが、言伝ことづてを預かっております」

「父上から? 教えてくれ」

「『ウルドの未来を考えろ』……とのことでございます」

「……」



 父ロイドは遠回しに『リリー殿下と結婚しろ』と言っている。そのことはダンテやジョシュにもわかった。二人は真剣な顔つきでレインの答えを待っている。



──父上と母上はこの結婚を認めている……。



 陣の外れまでくるとレインは足を止めた。昇り始めた太陽の光を浴びて大地が白く輝いている。白い大地と真っ青な空が世界を二分にぶんしていた。



──そういえば、リリー殿下の髪は白銀で、瞳は澄みきった空のように青いと聞く。



 その昔、帝都へ派遣された使者がリリーの容姿を報告していた。朝廷に姿を見せたリリーは目もくらむほどに美しかったという。だが、その性格までは語らなかった。



「なあ、ダンテ、ジョシュ。二人はリリー殿下のことを知っているか?」

「「……」」



 レインが尋ねると二人は気まずそうに顔を見合わせる。皇女リリーの噂はかんばしくなかった。



「お前は噂に興味がないから知らないかもしれないが……」



 ジョシュは困り顔になると言いづらそうに説明を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る