第31話 名探偵と僕

 円城寺さんは手で僕にも椅子を勧める。

「そうか、試験が終わって、あの件を振り返る余裕ができたか。話をする前に聞くが、あんなつまらないことに巻き込まれても、ちゃんと実力を発揮できたのか?」

「それなりに。匿名で変なメッセージが送られてきてモヤモヤしましたけど、円城寺さんから気を遣ってもらって忘れることにしました。別に円城寺さんは悪くないのに律儀だなって」

「人の心は難しいからな。理不尽なことがあると、分かりやすいところ、寄せやすいところに責任を求めてしまう。試験後まで本の貸出期限があればと、ほんのわずかでも思わなかったわけじゃないだろう?」

「だとしても、僕が円城寺さんを悪く思うわけないじゃないですか」

「親しさは容易に甘えに変わるものさ。自分を特別扱いしてくれてもいいじゃないかとね。おっと、それよりも、先ほどの少年の発言に気になるところがあるな。匿名のメッセージとはなんだ?」

 僕は見てもらった方が早いと、スマートフォンの画面を見せた。

「気分が悪いだろうによく消さなかったな」

 誰かにこれを見せて慰めて欲しかったんだけど、さすが口には出せない。

「これは興味深いな」

 そして現実に出てくる発言はこれ。まあ、そうですよね。

「なにがですか?」

「このメッセージの時間だよ。私が呼び出されたときからそれほど経っていない。なのになぜ試験問題を覗くという内容に言及できているのか」

「誰かが漏らしたんじゃないですか?」

「それはそれで問題だな。ただ、その時点では関係者は全員あの部屋にいた。生活指導教諭もまだあの部屋にいただろう。そして、少年、君は単に生徒指導室に呼び出されただけだ。神官パフォーマンスの件で注意されると考えるならまだしも、カンニングを疑う理由がない。ということはつまり、このメッセージを送った者は、真犯人の一味という可能性が高いだろうな」

 しれっと言っているけど、神官の真似事って、呼び出し案件になる可能性があることなの?

「その後、広まっちゃたようですけどね」

「ああ、それは生活指導のやつが悪い。他に残されていた生徒に帰宅して良いと告げたときに、何の容疑がかかっていたか話してしまったようだからな。後できっちり副校長に絞られたらしいので、反省はしていると思う」

「そうですか。まあ、お陰で月曜日は大変でしたよ。別件ですけど男女の揉め事もあってカオスでした」

 野田に絡まれた件などを話す。

「ふーん。それはますます興味深い。少年に絡んだ生徒は顔が良くて、同じような男女でつるんでいるタイプだな」

「よく分かりますね」

「ああ、それだと辻褄が合うのでね」

 どういうことだろう。美男美女はそういう非難をしがちということ?

「その男が物理の問題を盗み見た犯人グループの一味ですと自供したわけだ」

 全然想像と違った。

「どうしてそうなるんですか?」

「いや、本人がそう言っているじゃないか。少年にかかった疑いで表に流れた情報は、あくまで試験問題を盗み見たかもしれないということだけだ。具体的な教科名は含まれていない。それを知っているのは犯人ぐらいだろう。手の込んだことをしても所詮は高校生だな。底が浅い。まあ、私には大筋は見えていたのでね」

「え? この事件のこと最初から分かっていたんですか?」

「個人の特定まではできていなかったがね。犯人グループのイメージはできていたよ。聞きたいかい?」

「ぜひ、お願いします」

「この試験問題を見るというのは単独犯では無理なんだ。いつも見張っている生徒がいたからね。雨の日以外は中庭のベンチで一人で昼を食べているのがいただろう? 外からは分かりにくいが、地階の廊下の天窓からよく見えるのさ。だから私はそのことをよく知っているんだよ。で、目撃者となりうるその彼をまず排除しなくてはならない。また物理の講師が部屋を空けて戻ってくるまでの時間が分からないのも不安なので、誰か監視をつけたいところだな。そして実行犯。これで最低三人は欲しい。それと、欲を言えば、実行犯の学生証を預かる役もいればなお良しだ。校舎の出入口のセンサーで検知されるのを防がなきゃいけないからね。まあ、これは最悪誰かが他の役割をこなしながら実施できる。そして、誰かが事前に、女子生徒に甘い物理講師からあの場所で問題を作っていることを聞き出しておく必要もあるな。これでだいたい分かったかい?」

「それじゃあ、僕は単に運が悪かったんですね。たまたまアリバイがなかったから、事件の幕引きを図った物理の竹田先生に罪をなすりつけられたんだ」

「どちらかというと運が悪かったのは犯人グループかもしれないな。少年が疑われなければ私の耳に入ることはなかっただろう。少年以外の不幸な誰かが疑われて濡れ衣を着せられ、そのままになっていたかもしれないな。ところがだ。少年が疑われた結果として、試験問題が変わって期待したほどの点数は取れないし、これから私と対峙しなくちゃならなくなる。私は不正を防げたことで満足していたが、その後も少年を煩わせているとなれば放っておくわけにもいかないからな。ということで私はこれから忙しくなる。少年、君は帰りたまえ」

 毅然とした態度で手を振られれば、僕はすごすごと部屋を出るしかない。

 本当は円城寺さんの立場について踏み込んだことを質問したかったのだが諦めた。

 二日間の試験休みが明けて登校すると、僕に絡んだ野田を始めとする数人の姿がない。

 担任は一学期末で転校するとだけ告げた。

 グループのうち明渓学園に残ったのも数名いたが、なぜか僕に対して化け物を見るかのような顔で見る。

 放課後になると意を決したような顔で一時的に太田くんと親しくしていた女子が僕のところにきて言った。

「私は命ぜられてやっただけだから、別に結城に思うところはないんで、恨まないでよね」

「それ、言う相手が違うと思うけど」

「わざわざ傷を抉るような真似しろっての? ますます憎まれるだけじゃん。そういう嫌がらせ?」

 太田くんの視線を横顔に感じる。

「あ、いや。忘れて。僕が口を出すことじゃなかった。とりあえず僕にはもう話しかけないでくれるかな」

 野田か誰かに命じられたとはいえ、太田くんを昼休みの定位置から引きはがすために偽って親し気に振る舞っていたことへの嫌悪感が消せなかった。

 せめて、嘘のヴェールを剥ぐときにもうちょっと穏やかな方法はなかったのかと思う。

 とりあえず僕が試験でインチキをやったという話は霧散した。

 それ自体は良かったのだが、何か別の噂が広まっているということを秋山が聞きこんでくる。部活の休憩時間に切り出した。

「結城、お前を罠にはめようたとした奴らの企みを、過去に調伏した悪霊を使って打ち破った、とかいう話になってるぞ」

「めっちゃ尾ひれがついてない?」

 新垣さんも話に加わる。

「私は、結城くんが犯人にお札を張ったら全てを自白して涙ながらに謝罪したって」

「そんなヤバいお札ある?」

 そして緑川先輩まで。

「私もタダモノではない一年生がいるって聞いた。あれ、結城くんの話だったんだ」

 添田さんが目を輝かせる。

「やっぱり、結城くんって凄いね」

「やだなあ。夏休みだからって。みんな浮かれて変な話作るの上手すぎ」

 まあ、火元はどこか容易に想像できるんですけどね。

 部活が終わってから大急ぎで着替えると、すっ飛んで書庫に行った。

 ノックをしてすぐに中に入る。

 カウンターの椅子に座って眠そうな顔をしている円城寺さんのところに突進した。

「どうした、高校生スーパー陰陽師の少年」

「いっそ名前を呼んだ方が早くないですか?」

「そこは、私のポリシーだからな。で、聞きたいことは分かる。私がやった。まあ、面倒なのが消えてすっきりしただろう? 一人が自白したと揺さぶったら次々と他の人間に責任を押し付けようとしたのは見ものだった。くだらん悪知恵を働かせる割には度胸が足りない。ちなみに物理の講師も系列校に異動になったよ」

「それはいいんです。感謝もしてますし。だけど、さっきの呼び名の方ですよ。なんで、あんな嘘っぱちな噂を流したんです?」

「さあ、それは私じゃない」

「本当ですか?」

「ああ。そんなに疑われると傷つくな。まあ、いいじゃないか。夏休みが終わる頃にはみんな忘れているよ。花火、海、お祭りと、青春の一ページを堪能するのに忙しいだろうからな。君も乗り遅れないようにしたまえ」

「最後に一つ聞いていいですか? 円城寺さんって何者なんです?」

「随分とストレートで不躾な質問だな。その答えを聞きたいなら、もっと面白い謎を献上したまえ」

 心から楽しそうに円城寺さんは笑った。

 初めてみるその表情に内心どぎまぎしながら、僕は書庫を後にする。

 僕は僕の意志で人生の航路を円城寺さんの軌跡に合わせることを選択した。熟慮の末ではないかもしれないが、もう知らなかった道には戻れない。

 卒業までには円城寺さんの素性も聞き出すし、関係も進展させよう。

 これが、名探偵と僕の物語の始まりだった。


-完-

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