第30話 余波
教室に戻るがさすがに誰も残っておらず、身支度をして校舎を後にする。
もやもやしたものは感じたが、気にしても仕方ない。
スマートフォンを見るとメッセージがいくつも入っていた。
秋山と添田さんから送られてきた僕を心配する言葉が並んでいる。それ以外にも数件あるが、こちらは意識の外に追いやった。
二人にはとり急ぎ気遣ってくれたことと心配ないことを短く伝える。
帰宅してから、詳しい状況説明をした。
早とちりでカンニングが疑われたけど、今は容疑は晴れたと伝える。
それから、気を取り直して、試験対策の付け焼き刃の仕上げをしようとしたが、先ほど無視したメッセージのことが気になって再び見てしまった。
『ざまあ』
『カンニング野郎、退学だな』
どちらも見覚えのないアカウント、恐らくは使い捨てのものと思われる。
あからさまな悪意の発露に心がざわめいた。
明渓学園には、ここまで僕に対して強い憎しみを抱いている生徒が少なくとも一人はいるということが重い。
溜息が出る。
こんなことに煩わされるのは時間の無駄と思うけど、どうしても引きずられてしまった。
やはり、僕は根が単純なのかもしれない。
そんなことに思いを巡らせていると、スマートフォンが震えた。
また、新たなメッセージらしい。
怖いもの見たさで、開くと意外なことに相手は明渓学園書庫となっている。
今日、図書返却のために訪れたことで結果として僕の心を騒がしたことの謝罪と、試験勉強を頑張るように、と書かれていた。
第三者に見られても問題がない事務的な文面ではあるけれども、なんとなく僕を思いやる気持ちがこもっているように感じてしまうのは、僕の感覚がすでにおかしくなっているのかもしれない。
感謝の言葉に加えてまた本を借りにいきますと返信する。
このメッセージのお陰で気分は一新できた。
ただ、今度は円城寺さんへの疑問がむくむくと湧いてくる。
他の先生はそれほどでもなかったが、副校長先生は何度かはっきりと円城寺さんの指示に従っていた。
校長先生は普段いるんだかいないんだかはっきりしないし、僕の認識では学校の実質的なトップは副校長先生となっている。
見た目のおっかない生活指導の先生も副校長先生の指示には従っていた。
こうやって考えていくと円城寺さんが一番発言権をもっているような気がしてくる。
しかし、僕の中の常識がその結論に強く反発していた。
となると、一つには円城寺さんが副校長先生の弱みを握っていることが考えられる。また、副校長先生がものすごい恩義を感じているというのもありえた。
先に弱みを握っているという発想になったことが自分でも可笑しい。そんな風に考えていたと考えたことは本人には言えないよなあ。
現実逃避のためか、あまり生産的ではないことをつらつらと考えてしまう。
まずは試験が終わってからだと、それからは勉強に集中した。
翌週の月曜日、物理を含めた数教科の試験が終わる。
物理は噂通りに確かに難易度がやばかった。半分ちょっとしか解けた気がしない。短い時間で再度作問させられた怒りが込められているいるのかもと思う。
問題が難しかったのは仕方ない。鬱陶しいのは、あと二日間試験が残っているのでほとんどの生徒が帰宅を急ぐなか、わざわざ絡んでくるやつだった。
「お前、物理の試験問題をカンニングしたらしいじゃん。そうまでして点取りたいのかよ」
クラスで我が物顔で振る舞っているグループのリーダー格の野田が、わざわざ僕のところへやってきて言い放つ。
「僕はカンニングなんてしてない」
「それじゃ、なんでこの間の金曜日に生徒指導室に呼ばれたんだ? つまらねえ嘘をつくなよ」
秋山が顔を険しくして立ち上がる。
「結城が違うと言ってんだろ」
僕は止めようとするが、秋山は応じず詰め寄った。
野田がせせら笑う。
「だからなんだってんだよ。口ではなんとでも言えるじゃん。それを信じるのか?」
「当たり前だろ。逆に信じねえってのが分からねえ。まあ、お友達ごっこしかできねえやつには分からねえよな」
「なにムキになってんだよ。そういう話を聞いたからちょっと確認しただけだろ。それに俺は結城に聞いているんだぜ。秋山には関係ねえだろ?」
「そうか、じゃあ、俺も聞いていいか? お前の彼女、野球部の先輩の家にお泊まりしたらしいじゃん。本当なのか?」
野田の顔色が変わった。
「てめえ、言っていいことと悪いことがあるって知ってるか?」
秋山は鼻で笑う。
「ブーメランが後頭部に刺さってるぜ。それよりも、ムキにならずにさっさと確認しに行ってこいよ。気になることは本人に確認しなきゃ気がすまないんだろ?」
秋山は揚げ足取りがとても上手かった。
冷静に批評できる立場ではないのだけど、野田では勝負になっていない。
一触即発となる中、教室内の別の場所で大きな声が響いた。
「まだ、試験が残ってるって言ってんだろ!」
太田くんが先週親し気に話をしていた女子から罵声を浴びせられている。
この間の蜜月はなんだったかという態度に太田くんはポカンとしていた。
「ちょっと話をしただけで馴れ馴れしくてウザいんだよ。もう、話しかけてくんな」
野田は啖呵を切った女子のところへすっ飛んでいき、その肩を抱くようにして太田くんから放そうとする。
もの凄い目でひと睨みすると太田くんは鞄を肩にかけて教室を出ていった。
秋山がぼそりとつぶやく。
「一体なんなんだ? 随分と治安が悪いな」
「僕が言えた義理ではないけど、秋山がそれ言う?」
「ナイスツッコミ。まあ、野田の野郎、ちょっと調子乗り過ぎてたからさ。一度ガツンと言う機会を狙ってたんだ。しかし、あんな奴だけど、耳だけは早いんだな。まあ、結城は気にすんな。物理の出来が良くなくてイライラしてたんだろ。さ、俺たちも帰ろうぜ。まだ、あと二日も試験あるんだ」
教室を出て廊下を歩き始めると、隣のクラスの扉のところから添田さんがひょこっと顔を出した。
「結城くん、大変だったね」
「ああ。でも、大丈夫」
実際のところは現在進行形で面倒なんだけど、それを添田さんに言ってもしょうがない。
秋山が横から添田さんに声をかけた。
「添田さん、もう帰るところ? 途中まで一緒に行こうぜ」
「いいの?」
「もちろん」
さらに新垣さん他が加わり、七人ほどの集団となって歩く。
どうも陰で連絡をとっていた者がいるらしいということに僕も気づいた。
だいぶ人がはけた後とはいえ、こうやってまとまっていることで、僕を支持しているというアピールなのだろう。
もし、僕が一人なら後ろ指をさす奴もいたんだろうな。
部活の仲間の気持ちがありがたかった。
遠回りになるけれど、折角なので駅まで話をしながら一緒に行く。
改札への階段のところで別れて、家へと向かった。
家に帰ると、瑛次の目のハイライトが消えている。
「終わった……」
「そんなに出来が悪かったのか?」
「もう最悪だよ。半分ぐらいしか書けない教科があった」
「俺も一緒だ」
覆水盆に返らず。
明日の試験を頑張ろうと残りの科目の勉強をする。
そのお陰か、二日目と三日目の試験の手ごたえはそれほど悪くなかった。
明日から試験休みの後、夏休みが始まるというのでみな浮かれている。
僕もそんな気持ちが伝染したような状態で書庫へと向かった。
今日はドアには張り紙がない。
扉を開けて中に入ると、カウンターのところで円城寺さんが、頬杖をついて本を読んでいた。
顔を上げると気だるげに言う。
「なんだ、少年。何か面白い話でもあるかね?」
「面白いかどうかは分かりませんが、僕に擦り付けられそうになった件の真犯人は分かりますか?」
「やはり、そこが気になるか。では少し解説してやろう」
円城寺さんは満足げに椅子に体を沈めた。
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