第28話 容疑者

 実際のところは、僕と添田さんの関係はすぐに変化することはない。

 僕はこんな性格なので簡単にアプローチなんてできないし、そもそも円城寺さんへの思いがはっきりしないうちに他の人に思いを向けるなんてできなかった。

 一方で、添田さんもかなり大人しくて控えめな子である。

 部活のときに、ちょっとした会話は増えた。

 ただ、それは他の同級生との間においても同じだ。

 良くも悪くも除霊探偵結城のエピソードは僕の生活に影響を与えていた。

 その様子を見て、秋山はまだ他の生徒の居ない早朝の教室で早速僕の胸の内を小声で問いただしてくる。

「率直に聞くが、結城って添田さんのこと好きなのか?」

 瑛次との間の会話に似た少し噛み合わない数語のやり取りで秋山は納得した。

「まあ、結城がそっとしておいてくれというなら俺は何もしない。だけど気を付けろよ。添田さんのことを密かにいいと思っている男子それなりにいるからな」

「そうなの?」

 秋山いわく、派手めのはっきりした美人より、添田さんのような大人しくて一見地味なタイプがいいという男は居るのだという。

「顔のパーツだってよく見ると整ってるんだ。表情が暗いからあれだけど、添田さんはカレシができると一気に花咲くタイプだと思う」

 僕が感心してみせると秋山は頭をかく。

「まあ、兄カノからの受け売りなんだけどな。まあ、添田さんは自分で付き合う人を選ぶタイプで、人から避けられてるわけじゃないだろ」

 秋山の視線は窓際の太田くんの席に向けられていた。

 例年に比べて早く梅雨が明け、今日も晴れている。

 きっと今日も中庭のベンチで一人昼飯を食べるのだと思う。

 一度昼休みに、円城寺さんに本を返しにいったことがあるのだけれども、そのときに僕も目撃していた。

 夏至に近い時期でも日が差さない場所で一人佇む姿は気の毒に思えたけど、僕にできることは何もない。

 視線を戻すと秋山はゆるゆると首を振る。

「とすると、俺はちょっと先走っちゃったか。弓道部で昼飯一緒に食おうってのひょっとして迷惑だったりする?」

「いや、そんなことはないよ。だいたい、それ、発案者は新垣さんでしょ? 秋山としては乗らないわけにいかないじゃない」

 部活後は色々と忙しい部員もいるということで、夏休みを前に親睦を深めようと新垣さんが言いだした話だった。

 緑川先輩ともう一人の二年の先輩にも声をかけている。

 どうも花火も一緒に行こうなんて話もあるようだ。僕にも声はかかっているけど態度を保留にしていた。

「まあ、そうなんだけどな」

 秋山は相変わらずすまなそうな顔をする。

「部活のメンバーが親しくするのはいいことじゃない? 三年間顔を合わせる機会が多いわけだし」


 昼休みに秋山と二人で食堂にすっ飛んで行き、テーブルを確保した。

 十人近くいると、全員で話すということは難しく、結局三つぐらいのグループで話をすることになる。

 普段から部活で顔を合わせているメンバーなので、それなりに話は盛り上がった。

 瑛次が余計なことを言うから、ときどき添田さんを見てみると、なんとなく視線が合うときが多かった気がする。

 ただ、これも意識していたから、そう思ったのかもしれない。

 改めて観察をすると、添田さんによく話しかけている同級生の男子はいた。そして、僕が話していると声を被せてくるようなこともある。

 緑川先輩の横の席を確保した秋山が僕の方を気にしていた。

 なるほど。こういうことを予測して恐縮していたわけか。

 たまたま、僕の気に入っているアーティストの話になったので、その新曲の話題で、同好の士の男子と盛り上がった。

 午後の授業の開始五分前には、それなりに名残惜しさを感じつつ解散する。

 こういうときに、いいじゃんギリまで居ても、などと言い出すことがないのが、僕には合っていた。

 教室に戻ると何かざわついていたが、その原因は翌日の昼休みに判明する。

 普段は浮いている太田くんとクラスの賑やかグループに連なる女子の一人が一緒に弁当を食べていた。女子が一生懸命に話しかけ、にやついた太田くんがそれに答えている。なんとも言えない空気がその席から放射されていた。

 みんなが気になっているが凝視するわけにもいかず、ときどき視線を走らせるという感じで様子を窺っている。

 賑やかグループの他のメンバーは教室内には居ない。

 今日は食堂で騒ぐ日なのだろう。

 秋山は早々に興味を失ったようで、僕と遊んでいるゲームに追加で配信予定の新キャラについて熱心に話をした。

「キャラデザからすると癖強そうなんだけど、久々の追加だからな。性能的に使えないってことはなさそうなんだよな」

「僕は様子見かなあ。やっぱり慣れてる方が使いやすいし」

「まあ、結城のアレは一つの完成形って感じはするよな。あの微妙な距離を測ってガードからの投げはエグい」

「相性はあるけどね」

 試験が終わったら、また家に来いよ、という話になる。

「何度も行くと迷惑じゃない?」

「まあ、気にするなって」

「僕が気にするんだよ。対戦ならオンラインでもできるし」

「よく言うぜ。家じゃ何時間もできないだろ?」

 それは確かにそうだった。僕がゲーム機を独占するのも難しいし、ゲーム時間としても瑛次の相手をしているときですら二時間が限度だ。

「それに一度やったら遅延が酷かったじゃん。あれじゃ面白くねえし」

「まあ、それはそうだね」

「ちゃんと俺もお袋にアピールしてんだ。試験前はゲームに触れないって」

「でもなあ」

「気にするなら千葉の別荘に行くか? 飯は自炊になるけど」

 やはり住む世界が違った。

「別荘?」

「あ、そんな高級なのじゃないから。普通の戸建て」

「でもいいの? 他にも秋山は忙しいだろ?」

 今年の夏を逃すと緑川先輩は来年はもう受験生だ。

「まあ、それはそれ。これはこれってことで」

 秋山が思案顔になる。

「なんなら、弓道部で行くってのもありだな。泊りは無理だろうけど、海の家代わりに使って日帰りで」

「ごめん。何度もだと交通費がきついよ」

「そうか。じゃあ、とりあえずゲームは家ってことで」

 その勢いに同意をしてしまった。

 午後の授業中に、円城寺さんと海に行く想像をする。想像力のなさの悲しさで、ビーチでも円城寺さんは白衣姿だった。

 あ、試験前に本を返さなきゃ。

 翌日、昼食後に時間があったので書庫に向かう。

 残念なことに円城寺さんは不在だった。

 ただ、部屋の扉に施錠はされていなかったので、扉のそばの椅子の上の返却箱に本を置いておく。

 試験前に顔を見る最後の機会だったのだけど、しかたない。

 もう一度頑張れの一言でももらえるとやる気も違っただろうにな、と思いながら教室に戻った。

 最後の時間の終礼のチャイムが鳴る。

 期末試験を翌週に控えているので明日土曜日は授業が無い。

 貴重な詰め込み期間を活用しようと、皆が帰り支度を始めようとしていると担任がやってきて、数名にこの場に残るようにとの指示が出された。

 そして、なぜか僕がご指名で生活指導室に向かうように命じられる。

 クラスメートの視線が痛い。中には冷笑を浮かべているのもいる。

 何か事件が起きており、僕に何か事情聴取が必要ということが明らかだった。

 その巻き添えで家に帰れないじゃないか、そんな非難がましい声が聞こえる気がする。

 恐る恐る生活指導室をノックした。僕に心当たりはないが、一体なんだろう?

 中で待ち構えていたのは生活指導の先生、あまりよく知らない先生と物理を担当する講師の竹田先生だった。

 見た目のおっかない生活指導の先生が口を開く。

 物理の試験問題を盗もうとした者がいること、そして、僕がその最有力な容疑者とされていることという衝撃の内容を聞かされた。

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