第27話 不明なこと

 学生の本分は勉強である。そりゃ、貴重な青春時代を勉強だけで終わらせるのは惜しいと思うけれど、だからといって、なおざりにしていいわけじゃない。

 円城寺さんに言われるまでもなく、一応は期末試験に向けて勉強をしていた。

 ゴールデンウィーク明けに行われた一部教科の中間テストでは、二百四十人中六十三位というそこそこの順位につけている。

 ただ、これより上を目指そうと思うと壁は厚かった。

 なんというか地頭が違うというのだろうか。割と部活に遊びにと時間を費やしているように見えて試験の成績も良い生徒がいる。

 僕の中間テストの成績について、母は何も言わなかった。

 まあ、手放しで褒めるほど良いわけではないし、かといって叱咤激励するほど悪くもないということでコメントしづらかったのかもしれない。

 同じクラスには学年十位以内に入れと厳しく親に言われているのや、平均何点以上を厳守というのもいるらしく、それに比べたら幸せと言えるんじゃないかとは思う。

 ただ、僕と大差ない成績の秋山がお祝いをしてもらったという話を聞いたときは、虚心ではいられなかった。

 まあ、秋山が勉強を頑張っているのはとても単純な理由だ。

 緑川先輩曰く、賢い人が好きとのこと。

 試験の成績がいいことが賢いこととイコールではないというのは百も承知のうえで、とりあえずできることをする秋山には頭が下がる。

 僕も円城寺さんに頑張るように言われたので、素直に勉強に取り組めばいいのだが、そうもいかなかった。

 デート向きのお店ではないけれど、青龍軒で円城寺さんと二人きりで食事をしたという興奮が冷めやらない。

 店のおじさんや、他のお客さんから僕たちはどのように見えただろうか?

 謎めいた女性とその若い燕……というのはないだろうな。

 店内でのふるまいからしても、せいぜい年の離れた弟と食事をしにきた姉というのがいいところだろう。

 それでも、僕と円城寺さんの組み合わせを他人の視線にさらしたという意義は大きい。今までは、書庫でしか会ったことがなく、誰の目にも触れていなかったのだから。

 誰かに目撃されて噂になったりしないかな、などと考えていたが、目撃したのは瑛次だった。まったく意味が無い。

 実際問題としては僕との関係を取りざたされたら、円城寺さんに迷惑がかかる。

 だから、現実的には僕たちのことが噂になるのは望ましくない。

 あと三年近くは周囲に秘匿しなければならなかった。

 まあ、現時点では隠すようなことは何もないので、先に関係を進めなくてはならない。でも、まったく相手にされていないんだよなあ。

 挙句の果てには、添田さんとのデートの心配までされてしまった。

 なんで僕が添田さんと……。

 あれ? 円城寺さんには僕と添田さんがそういう関係に発展するというように見えているのか。僕の気持ちは円城寺さんにある程度は伝わっているつもりだったし、なにより円城寺さんは観察眼に優れている。

 え、ええ?

 ということは、添田さんが僕に対して好意を抱いていると、円城寺さんは考えているってことなの?

 確かに同じ弓道部に入っているし、僕の狭い交友関係の中では、言葉をかわす数少ない女子の一人ではある。

 そうじゃない。僕を起点に考えるんじゃなく、添田さん視点で考えなきゃ。

 うーん。僕にはよく分からない。

 仕方ない。さっきから変な笑みを浮かべている瑛次に聞いてみるか。

 手招きして二人共用の寝室に呼び寄せる。

「なあ、瑛次。女子が解決困難な困りごとに直面した時に、誰に相談するものなのかな?」

「兄ちゃん。それって、どう考えても僕が目撃したお姉さんの話じゃないよね」

「その話はいいから、教えてくれよ」

「抽象的で答えづらいんだけどなあ。もちろん、解決を期待できる人というケースもあるだろうし、周囲の人の中でこれって人に自分に共感してくれるか試すケースもあるだろうね。大変だね、って寄り添ってくれるだけで満足することもあるし、どこまで労力を割いてくれるかを見ているという感じかな」

「その、これって人はどうやって選ぶんだ?」

「そりゃ、自分が関心ある人に決まってるじゃん。どうでもいい相手が自分のことをどう考えていようが、それこそどうでもいいでしょ」

「ちなみにあまり社交的じゃなくて、友達も多くないタイプだったら?」

「ふーん。つまり、兄ちゃんがそういう子に相談を受けたってことなんだね。普段、その子と親しく話をする?」

「いや、必要に迫られればって感じ」

「だとしたら、やっぱり、兄ちゃんの気持ちを探る要素が強かったんじゃないかなあ。これをきっかけに自分のことを認知して欲しいって。分かりやすく言うと、兄ちゃんのことを好きだけど、兄ちゃんは自分のことどう思ってるのか確かめていたんじゃない?」

 瑛次が僕の顔色を見て面白がっていた。

 僕は慌てて状況説明をする。

「いや、僕には名探偵がついているというか、そのことをその子は聞いていて、解決してくれるんじゃないかという期待はあったと思うんだけど」

「またよく分からないこと言ってるね。でも、普通に考えたら解決しそうにないことなんでしょ。だったら、あまり関係ないんじゃないかな」

「ちなみに、それを僕が解決しちゃったら?」

「その事実より、どれぐらい兄ちゃんが労力をかけたか次第だね」

「めっちゃ恥ずかった」

 瑛次はけげんそうな顔をした。

 何をしたかまでは話してやらない。

「ていうかさ、そこまで兄ちゃんがやってあげた時点で答え出てない? 兄ちゃん、その子好きなんでしょ?」

「いや、嫌いじゃないけど、恋愛的に好きかと言われるとよく分からない」

「めんどくさ。それ、兄ちゃんの気持ちの整理をした方が早いと思うけど。まあ、その、参考に言うけどさ、その子は兄ちゃんが好意を抱いていると解釈したと思うよ」

「え?」

「女子の場合、頼みもしないのにどれほど親切にされても眼中にないってことは割とあるけどさ、今回の場合は先に相談するってアプローチがあるわけじゃん。それに全力で応えたんだからポイント高いよね。というか、マジで全然分かってなかったの?」

 僕は力ない笑みを浮かべることしかできなかった。

「それなのに、恥ずかしい思いをしてまで対応してあげたの? 全然意味分からないんだけど」

「いや、まあ、イジメに近いようなことがあって、こうでもしないと根本的な解決にならないって言われてさ」

「そういう事情があったなら仕方ないか。でもさ、だったら余計にその子、兄ちゃんのこと意識しちゃうじゃん。ねえ、兄ちゃん。なんかややこしいことになってない?」

「ああ。分かった。もうこの件は忘れてくれ」

 しつこく追及してくるのでベッドに逃げ込む。

 タオルケットを頭にひっかぶって問いかけを拒否する姿勢を作ると、頭の中で考えを整理した。

 円城寺さんならこの程度のことはすべて理解しているだろう。

 今思えば、この件の相談を持ちかけた最初に鈍いと言われたのは、添田さんの気持ちを分かっていなかったことに対しての発言だったに違いない。

 それで、僕にインチキ神主をやらせたのはどこまでの意図があったのかな?

 僕をからかっているだけということも十分にありえる。恋のキューピッドをしてみようと気まぐれをおこした可能性も考えられた。

 問題は、僕を体よく追い払う手段として使ったのかどうかという点だ。

 それは違うと思いたい。

 あれだけはっきりものを言う人なのだから、僕の気持ちが迷惑なら明言するだろう。

 ただ、本当のところは僕には分からない。

 瑛次に相談すれば少しは光明がさすのかもしれないが、さすがに円城寺さんのことを告げるわけにはいかなかった。

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