最終話 成敗
走馬灯のように記憶がよみがえる。
この世界に来たてのとき、火のついたカバンを切り裂いたあと、警察署に連行された。
これから自分がどうなるのかわからなかったし、不安だった。また毎日なぐられ、いじめられるのではないか。
無敵の気力は失われ、
椅子に座ったまま、なにを問われても黙っていた。
真向かいにあの人が座るまでは。
「
わずかに顔をあげると、胸の大きい優しそうな女性が、太陽のような笑顔を浮かべていた。
それからは、カースドとの戦いにあけくれた。
自分に与えられたひときわ強い力を、存分にふるえるのは楽しかった。
カースドを倒せば
警官や助けた人々から感謝された。
『悪くなかった』
教育係の先輩もそう言ってくれた。あの駅で。
駅? そういえば、あの駅で……。
「タ、スケ……」
てつめの足はすくむ。
うす暗い礼拝堂に入った同志はみな、うめきながら、トマトみたいにつぶされた。
3メートルほどの大きさの真紅の天使が、ボタボタと血を垂らしながらはばたいている。
やつはステンドグラスをぶち破り、人を紙粘土のように軽々と床や壁に叩きつけ、赤いシミに変えた。
こんなことが前にもあった。
家族が営んでいた自動車工場で、古い機械に紛れたカースドがトラックになり、無人のまま暴走した。家族を含め、何人もの人が
そのとき、てつめだけは一命をとりとめた。
カースドをなくしたいと駆除会社に入ったものの、あの光景がいつもフラッシュバックする。
なにかにすがっていないと生きられなかった。
神への祈りを絶やしたことはない。
教会で同じような者と何人も出会った。
(神がいなければ人は不安で生きられない。駆除なんか怖くてできない。みんなそうだ)
ニタニタ笑う赤い天使が、てつめめがけてつっこんでくる。
「神よ」
横から飛んできたライオンの頭が、天使の首を食いちぎった。
「ハハハ」
天使は痛みにのたうちまわる。
「
無敵はじゃれるように、するどい爪で天使をガリガリひっかく。血を浴びた
少し前。
首をしめられながらも、無敵は亞里亞に宣言した。
「俺は転生なんてしたくない。この世界がいい。この世界なら俺だけの力がある」
「ムダなの。あなたはもう……」
「思いだしたぜ。あんたさあ、駅にいたよなあ?」
亞里亞は少し目を開いた。
「それが?」
「俺を引きこむタイミング見計らってたんだよなあ? 実際見てみなきゃわかんなかったってことだよなあ。つまり、はっきり未来の全部、視えてないんだよなあ?」
全身の筋肉を膨張させた。頭にたてがみをはやしながら。
前に進もうと、四肢にすべての力をこめる。ミシミシと影がちぎれはじめた。
「うそっ……」
プチンと影がちぎれた。同時に、首の苦しみが消え去った。
亞里亞のわきを通りすぎ、無敵は
ライオンに八つ裂きにされた天使は、とうとう動かなくなった。
皮膚が溶けゆく無敵は満足げに、天使のカースドの肉体のなかの心臓を探り、
「血清血清」
てつめはおののいている。
「おまえ、どうして平気なんだ?」
「楽しいから」
「なにが?」
「ここが」
考えたこともない。カースドと戦うのが楽しいだなんて。
だが、あんなにしょげていたのに今はくったくなく笑っている無敵を見たら、なんだか清々しくなってきた。
祈るより、楽しむほうが、人間戦えるのかもしれない。
教会のような空間は、フッと放送局に変わる。
すべて幻だったようだ。
「さて、薫社長になんと報告を……」
てつめはとっさに全身を鉄に変え、無敵はジャンプしながら弾をよけた。
外から、ヘリに乗った亞里亞が散弾銃を撃ってきている。
「視えたの。あんたたちはここで死ぬ!」
亞里亞は手りゅう弾を投げこんだ。
テレビ局は爆発した。
目立つヘリを捨て、街はずれまで逃げた亞里亞は、仲間の待つアジトに向かって走る。
「人類をA世界に導くの」
仲間は精鋭ぞろい。暗示をかける能力。影を操る能力。多くの優秀な能力者が集まっている。
「みんなとなら、次はきっと……」
フッと未来が視えた。
前の木の裏の角から誰かが来る。
(まずい。どこかに隠れ……)
木の裏から、ひょっこり頭が飛びだした。
5歳くらいの小さな男の子。
「ママ。どこ?」
泣いている。
ほっと息をついた。
未来も視える。仲間のもとまで逃げおおせる光景。
(子供ならどうでもいい)
子どもの横を走り、その未来に向かって進もうとした。
パンッとした破裂音が耳をつんざく。
胸が痛い。刺されたような、殴られたような、火傷したような。
「未来は不確実なものよ。決めるのは私たち自身」
ゆっくりとふりむく。
小さな男の子が、こちらに銃口を向けていた。その姿は徐々に、女の姿に変わっていく。
「
死を自覚したら、意識がとだえた。
爆発したテレビ局の最上階から、巨大な鉄の塊が落下した。
花のつぼみのような鉄の塊。
しばらく経ってから、パカッと開く。
「……先輩、ありがとうございます」
中に入っていた無敵が
「別に。こっちこそ、世話になった」
鉄がウネウネと姿を変え、人の形になる。
てつめ。
無敵と同じように倒れた。
「気絶してた」
「え? なかなか開かないと思ったけど。金属状態のときでもそんなことあるんですね」
「うるせえな」
「無敵くん! てつめちゃん!」
道路の向こうから、薫が手をふり走ってきている。
「社長」
薫は倒れている無敵をだきおこした。
「もう、ふたりとも無茶ばっかりして」
無敵は薫の胸にデレデレと顔をこすりつけた。ほのかな煙のにおいが鼻をつく。
「社長、銃撃ったんですか?」
「なんで?」
「なんかそんなにおいが……」
「それより二人ともビル壊したでしょ。もう。うちの会社で弁償しなきゃならないじゃない! 始末書だからね」
薫は頬をふくらませる。
無敵とてつめは顔を見合わせ、苦笑いした。
異世界A‘ 〜暗黒異世界に転移したけど帰りたくないので能力バトルする〜 Meg @MegMiki34
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