第3話 亞里亞との再会
いりくんだテレビ局。各地の駆除部隊が内部に駆けつけた。
人間のようで人間でない者たちが
彼らには、頭があって、胴体があり、手足がある。ただ、画質の悪い映像の中のように、輪郭が不鮮明で、形は波のようにゆらいでいた。
彼らは人を見つけると、集団で取り囲み、みずからの
駆除部隊は各々の能力を発現させ、連中を攻撃する。
巨大な生物が、廊下を
それは、
仲間の肉塊の真ん中で、銃を構えた少女が小刻みにふるえている。
目玉の蛾はケタケタ笑い、彼女におそいかかった。
「ひっ」
ライオンの爪が目玉をひっかいた。
目玉の蛾はギーッと叫び、無軌道に飛びまわる。
頭がライオンの無敵は、目玉の蛾を追いかけまわした。
「猫じゃらしぃ~」
楽しくてしかたない。
困ったように逃げまわる目玉は、いつのまにか行く手にはられていた
本物の
そのすきに、ライオンの無敵はするどい爪を目玉に貫通させた。ひきぬきざま、脈打つ小さな心臓を引きずりだす。
「先輩、最高!」
「早く簡易
水銀の網は収縮し、丸まり、人型になった。てつめの姿に。顔色は真っ青で、呼吸は浅い。首にかけた十字架をにぎりしめている。
いつもと比べて明らかに弱々しい。
「先輩、大丈夫?」
てつめはボソリと、「うるさい」
ふと無敵は、銃をにぎり、立ちつくしている少女に気づいた。
見覚えがある。
「きみは……」
彼女もこちらを向いた。十字架の首飾りがゆれる。
映画館で助けた少女だ。
カースドを倒しながら、無敵とてつめは少女と血にまみれた廊下を走る。
話もした。
「私
「へえ。
「特にないよ」
「うそだろ」
「ほんとにない。だからあのとき殺されそうになったし」
てつめが、「駆除会社なら履歴書や適性試験があるはずだが」
「銃火器の資格は持ってて。射撃ならなんとかなるから。今の時代、どこの駆除組織も人手不足で入りやすかったし。どうしてもパパとママを殺したカースドを消したくて」
無敵には疑問だった。
「でもさ。この世界ではみんな、なんか能力を持ってるじゃん。なんの能力もなんて……」
亞里亞は視線を落とす。
「なにをやってもダメな人間っているんだよ。なにやったって空回り。いいことなんか一つも起こせない」
なにをやってもダメな人間。
その言葉は、頭の中で波紋のように広がった。
(ああ。それは俺のことだ)
廊下の先を見ながら、漠然とした不安にさいなまれる。
この先走っても、無意味なんじゃないか。
不安は足どりを重くした。
両足が勝手に動かなくなる。頭のライオンもポロリと落ち、弱い自分の顔がむきだしになった。
前を走るてつめがイライラとふりかえる。
「なにしてる」
無敵はしゃがみこんだ。
「……ごめん先輩、先行ってて」
「ああ?」
「俺、ちょっと休憩してから行くから」
「ふざけているのか?」
「ごめん」
亞里亞は無敵によりそう。
「彼が回復するまでつきそいます。無敵くんは命の恩人だから」
亞里亞まで無敵を甘やかすものだから、てつめはあきれはてた。
「勝手にしろ。無能」
てつめは結局、ひとりでテレビ局の最上階の扉の前まで走った。
ほかの駆除会社の部隊も数名来ている。
「あんた、他社の
「ああ。もちろん」
「合図をしたら能力を使っていっせいに入ろう」
てつめは他会社の社員とともに、扉の前に待機した。手足を鉄の刃に変えておく。
その間、なんとなくしゃがみこむ無敵のことを思いだした。
戦っているときの楽しそうな姿も。
(あいつはよくわからない。戦う時だけ楽しいなんて、完全に狂ってる)
「いくぞ」
てつめたちは、いっせいに扉を攻撃した。
落ちこみきった無敵は、なんの気力もなく廊下に座りこむばかりだった。
よりそう
「無敵くんは知ってる? 人は死んだら上位世界に行けるんだって。A世界っていうの」
無敵はなにも話す気になれない。うなだれ、黙っている。
「そこはね、善行を積んだ人だけ行けるの。カースドのいない平和な世界。誰でも最強で、モテモテで、お金持ちになって幸せになれるんだって。無敵も善行積んでみない?」
亞里亞はほほえみ、首の十字架をかかげてみせた。
無敵には、その言葉が心底バカバカしく思える。
「……それは嘘だ」
「……」
「異世界に転生しようがなんだろうが、幸せなんかなれない」
「……教義を否定するんだ。きみならわかってくれると思ったのに」
亞里亞の口調が急に冷たくなる。
無敵は顔をあげた。
険しい顔の亞里亞の背後に、影が渦巻いている。
「いいこと教えてあげる。死ぬよ。あの子」
ゆらめくろうそく。大きな十字架。天使の絵のステンドグラス。
開けた扉の向こうは、うす暗い教会の礼拝堂だった。
てつめは予想外の光景に混乱する。
部屋の中心にいる、
「来てもらうぞ」
おそれる気持ちをごまかしながら、てつめはその空間をずかずか進み、男の肩をつかむ。
手ごたえはない。ただの棒に被せられた布だ。
「……?」
ふと、ステンドグラスの下部に、ボール大くらいの黒いシミがポツポツとあるのに気づく。
目のない人間が大口をあけ、叫んでいるような形。
ステンドグラスの天使が、それにギロチンをかけている。
てつめたちがたじろいでいると、天使の目が、ギョロリとこちらに向けられた。ガラスはみるみる真紅に染まる。
首を絞められているのに、実体がない。
亞里亞が手を前で組んで祈っている。
「よろこんで。きみもA世界に行けるよ」
「なんでそんなこと……」
「未来は決まっているの。私は
確信したように言われた。
「俺が映画館であんたと出会うことも?」
「うん。とっても純粋ないい子が来るってわかってた。この子は絶対にA世界まで導いてあげたいなって。ねえ知ってる? 未来は絶望でいっぱい」
無敵は腕の筋肉を膨張させた。爪もよりするどく。腕と爪を伸ばし、亞里亞を切り裂こうとする。
影にのどをきつくしめあげられ、それは叶わなかった。
「私には見える。未来のみんなの暮らしは貧しくて余裕がない。心も貧相になって人は人を差別するの。傷つけるの。戦争を起こすの。最後はみんなカースドのバイオ兵器に溶かされて半分アメーバみたいな姿になるの」
「……」
「だから、ね。A世界に転生したいでしょ。きみも、あのきみの相棒も。ねえわかって。無敵くんならわかってくれると思ったからこうやって誘ってるんだよ」
無敵の首をしめあげる力が、もっともっと強くなる。苦しくて意識が飛んだ。
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